2014年9月アーカイブ

9月27日(土)、当月最後の駅ハイは、「八高線全線80周年記念 里山の折原と昭和レトロの寄居をめぐる(約10.6km)」に参加。

かなりの遠出でしたが、ハトちゃんは、意を決して、家を6時前に出発。

 

八高線は東京都内のJR線では最後まで非電化のまま残されていましたが、1996(平成8)年3月に埼玉県日高市の高麗川駅より南側が電化されました。幕張本郷駅から八王子まで、中央・総武線 DSC09525.JPGで、その後、八王子から八高線に乗ってみたくて、初めて高麗川から先に乗換えて高崎行に乗車。新車両は、車内がきれいで4人がけボックス型で、クッションがやわらかくて座りごこちが楽でした。

本日は秋晴れの行楽日和。

 

スタートの八高線「折原」駅は、ほとんど駅ハイ参加者が降りて、600m先の折原いこい館スタート(9:35)。駅名標のミニチュア切符は、鉄道ファンには、貴重なプレゼント。スタート直後トイレがほとんど無いとのことなので、入館してトイレを借ります。

〔コース〕

折原駅→折原いこい館→平倉観光ぶどう館→實聞寺(たわし地蔵)→増善寺→里の駅 アグリン館→鉢形城公園→鉢形城歴史館→深沢川→搦手橋→正喜橋→玉淀水天宮→寄居観光案内所→ゴール 寄居駅

 

 

 

前のウォーカーに続いて、里山風景が続く道を1.3kmほど進んで、最初のポイント平倉観光ぶどう DSC09529.JPG DSC09533.JPGへ。途中、ぶどう館手前に分岐があって、ぶどう館に寄らずに先を行くウォーカーも。ハトちゃんは、コースどおり。ぶどう棚があるぶどう園で、巨鋒などを販売していました。

 

 

左側に車山(標高226m)の雑木林を観ながら、裾野を DSC09540.JPG DSC09538.JPG回るように進みます。DSC09534.JPG實聞寺坂を上って間もなく右手に地蔵脇にたわしが供えられている 實聞寺へ。お地蔵さんの汚れをたわしで洗ったところ、おばあさんの病が治ったところから評判になって、あちこちから地蔵に祈願し、治った御礼にたわしを持って来る習慣になったといわれます。

 

 

DSC09544.JPG DSC09545.JPG続いて、折原小学校では運動会で黄色い声援。500m先の増善寺〔安土桃山時代に開創。明治期 DSC09547.JPGには寺子屋が開かれていた〕へ。

 

 

東国坂を下ったところを右折して、寄居運動公園の横を通って、ほぼ中間地点の「 DSC09559.JPGDSC09561.JPGDSC09564.JPGの駅 アグリン館」へ。ここで梅ジュースを1杯ごちそうになりました。梅の香りで疲れがとれた感がします。レストランの他、ジュース、菓子類、町内のお奨め品が販売されています。

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続いて、鉢形城跡のある鉢形城公園鉢形城は、1476(文明8)年、関東管領であった山内上杉氏の家臣長尾景春が築城したと伝 DSC09574.JPGえられている。後に、北条氏邦が 整備拡充し、現在の大きさとな りました。戦国時代の代表的な城郭跡。国指定史跡。城の中心部は、荒川と深沢川に挟まれた断崖絶壁の上に築かれていて、天然の要害。この地は、交通の要所に当たり、上州や信州方面を望む重要な地点でした。100名城の一つ〕へ。

 

アップダウンがある広い芝生の公園で、城本丸跡だけでなく、堀や土塁がDSC09583.JPG多く残っていて、本曲輪や二の曲輪を確認。復原も進行中とのこと。

 

鉢形城歴史館は本日、駅ハイ参加者に限り無料。入館すると、公園の外観、北条氏や戦国時代か DSC09577.JPG DSC09581.JPGらの史料、武将ゆかりの品が展示されていました。

 

 

深沢川に沿って歩いて行き、搦手 DSC09588.JPG DSC09587.JPGを渡って、交差点を左折してすぐ直進すると、幅広の正喜橋から荒川を望めます。結構な高さがあります。

DSC09594.JPG橋を渡って、すぐ右折して荒川沿いの道を DSC09599.JPG進みます。途中、宮沢賢治の歌碑もありました。

 

その先、左手に玉水水天宮〔当地周辺が玉のように美しい水の淀みから玉淀と命名されて埼玉県名勝に指 DSC09603.JPG定されたとき、、周辺調査をしたところ、水神が発掘されたことから、水神を神体として創 DSC09604.JPG建したといわれる〕がありました。

数人のウォーカーが下りていたので、小生も帰りの電車時刻に合わせて荒川の川原に下りて、周囲の奇岩、絶景を眺めました。

 

水天宮からは約1km、15分ほどで寄居駅前観光案内所に立ち DSC09608.JPG DSC09610.JPG寄って、観光案内パンフをもらいました。

なお、地元で収穫された新鮮野菜、お土産なども販売。隣りで、朝生みたての卵(小玉12個100円)が安かったので購入して持ち帰りました。

 

 

寄居駅は、寄居七福神めぐりやハイキングなどで何度か来たことがあり、スタート地点の町役場と総合体育館は馴染みの風景。帰りも全通80周年八高線(11:55寄居発)を経由して、最寄りの幕張本郷駅まで3時間20分の長丁場。

単線なので、途中の停車時間もあり、ゆっくりと家路に向かいました。

 

 

 

 

 

9月26日(金)は、「ゆうほ(友歩・遊歩)21」で谷津干潟から京成津田沼駅までを歩きました

本日は台風16号くずれの温帯低気圧が去って、爽やかな秋晴れ。京成線「谷津」駅前に集まった参加者は、先生を含め11名。前回よりもさらに1名少ない。9時32分スタート

DSC09393.JPGず、駅前の商店街を抜けて、谷津バラ園(読売巨人軍発祥地の記念碑・有名選手手形が入口横 DSC09394.JPG DSC09397.JPGにある)から、ラムサール条約に登録された谷津干潟周囲の遊歩道(全長3.5km)に出ました。ゆるキャラ「チーバくん」の植え込みが目を惹きます。道 端に一匹の蟹(カニ)を発見。

 

DSC09407.JPG DSC09400.JPG DSC09418.JPG

今回は時計と反対まわり

 

干潟を覗くと、満潮で水がいっぱい。異臭も無く、絶好のウォーキング日和。なごやかな雰囲気の DSC09399.JPG中、和気藹々と話をしながら、先生を先頭に歩きます。すっかり秋めいて、スモークツリーは、ほとんど白い部分が落ちてしまいました。

 

 

 

途中、何カ所か立ち止まって、水分補給。晴れて気温が上がっているので、熱中症対策を。休憩中、 DSC09411.JPG DSC09424.JPG DSC09427.JPG女性メンバーの一人がみんなにあげた「希少糖飴」の話題で大盛り上がり。後で、自然観察センター前では、スマホで検索するメンバーも出ました。

 

 

周囲の樹木や干潟全体の風景を眺めます。干潟の中に、木道があることを初めて 知りました。時々、自転車やジョギングをする人やウォーカーもいました。今回は、あまり注意を払わずに、話に夢中になって迷惑をかけたときもありました。

 

その後、遊歩道を進んで行くと、湾岸道路と東関道の向こうに京葉線が走っているのが見えて来ます。

しばらくして、遊歩道をはずれ、通常の道路に出て、湾岸道路と船橋我孫子線との若松交差点に着きます。DSC09433.JPGDSC09432.JPG

右側が船橋市になります。船橋競馬場の厩舎が歩道橋の上から見えました。

 

歩道橋を上って左に下って、干潟の対岸に。対岸を歩いて行くと、風の向きや場所により、時折、異臭が漂って来ます DSC09438.JPG DSC09442.JPGが、夏ほどひどくはありません。アオサもだいぶ少ない状況。どんぐりやしいの実が足元にだいぶ落ちています。

 

駅・公園の対岸にある「谷津干潟自然観察センター」の公園内ベンチで小休止。自然観察セ DSC09454.JPG DSC09451.JPGンターには寄らずに遊歩道を歩きます。

 

DSC09440.JPG DSC09455.JPGその後も時々、足を止めて干潟を眺めながらのウォーク。

 

魚(ボラ)を見つけてハシャグメンバーも。東京湾との取水 DSC09458.JPG DSC09466.JPG DSC09469.JPG 口は、湾に向かって波立っていて、エイを数匹見つけてテンションが上がりました。 さらに、干潟に集まる水鳥が杭に留まっている風景も...。

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津田沼高校では、生徒たちが大縄跳び大会が行われていて、歓声が響いていました。

 

本日は、その先を左折すれば「干潟一周で終わるのかな?」 と一瞬思いましたが、先生はやはり甘くはありません。

右折して、秋津団地方面に向かって歩き出しました。

 

DSC09479.JPG DSC09482.JPG 秋津団地からハミングロードを進んで、袖ヶ浦団地に入って、途中、キンセンカの甘い香りが漂います。高速道傍の緑道橋を渡って、上からの景色を眺めます。百日紅のピンクの花の先に、新しく完成した「子どもセンター」も見えました。

 

その後、14号線を横断して、菊田遊歩道へ。 DSC09493.JPG DSC09489.JPG DSC09486.JPG

遊歩道から入って、先生が鷺沼城址公園前の彼岸花の群生を見せてくれました。最盛期は過ぎていましたが、赤や白の花がまだきれいに咲いていました。

 

 

DSC09495.JPG DSC09498.JPG 市役所通りに出て、横断。大イチョウの実(銀杏)が早くも道路に落ちていて、踏んだ後もあって異臭を放っていました。例年だと10月になってからなのに、今年は冬が早そうです。

 

ゴール京成津田沼駅まで歩いて、結局、7kmクリア(11:50)。地元習志野ということもあって、ゆったりと秋を感じながらのウォークとなりました。次回の大宮ウォークを約して解散。

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小生は、京成谷津駅前にチャリンコを置いてあったので、電車で一つ戻って、3駅先の八千代台駅前のデパート「ユアエルム」までチャリンコをとばして、粗品を受け取りに...。

ウォーキングを終えて、自転車でも中距離程度走ったので、その日の筋トレは省略しましたが、夜はロッテのホームゲームを応援に。8対1で日本ハムに完勝。大好きな唐川投手が完投しました。

 

台風16号が変わった温帯低気圧の影響で、関東地方は局地的大雨が。名古屋駅では、地下鉄が冠水して、不通になることも。

 

本日(9/25)は、本来であればオジン隊の毎月恒例「駅ハイ(武蔵五日市)」でしたが、早朝、隊長の判断により、9/29(月)に延期することに。

習志野市は、午前中、ポツポツ程度の雨。弱めの風が吹いていました。小生は、家の掃除洗濯物の片付け

 

早お昼を食べると、いつものように眠気が来て、テレビをつけながら、30分ほど座椅子にもたれてスヤスヤと昼寝で、いい気持ちに...。

目覚めると、風は強くなっていましたが、薄日も差して来ていたので、もったいないので外出することに。運動できる服装に着換えて自宅を出ました。

 

高台にあるハトちゃん宅から勤労会館(トレーニングルーム)までは、いつも習志野市立第六中学校前の急坂を下りて近道をするのですが、本日は予定もなくなり、時間に余裕があったので、京成大久保駅 方面に出て、銀行で記帳しようとゆるやかな坂〔自宅から約200m先にある〕を利用しました。

チャリンコに乗って、左側を通って坂を降りかけた瞬間、突風が吹いて、かぶっていた赤い野球帽が飛ばされました。 ne1079[1].jpg

あわてて、飛ばされた場所に戻ってみると、道路上にありません。嫌な予感! この場所は、左側下に住宅が連なっていますが、法面になっていて、普段から下からの風がいきなり吹くところで、が何本も裏返ったことがしばしば。法面の崖はモルタルで、ほとんどは平らに見えますが、ところどころ、枯れ木・草が覆っている場所があります。

 

上から覗いて見ましたが、わからないので、落ちた可能性のある崖下の家をたずねて、庭に入らせてもらいましたが、残念ながら見つからず。

 

いったん筋トレへ。いつもより早めに切り上げて家に戻り、高鋏みを持って、道路と崖の間のフェンスを越えて、ゆっくりと探しました。やはり、赤い帽子は枯れ草等にも引っかかっていません。

ちょうど勤務を終えたのバイクが通りかかって、『お父さん、何をしているの』 『帽子を崖の藪に飛ばされて探している』、 『落ちないように気をつけてね』 『手すりに掴まっているので大丈夫』 などの会話を交わした後、娘はバイクで自宅へ。

その後、もう一度、高鋏みで掻き分けて探しましたが見つからず、あきらめて、フェンスを越えて道路に戻りました。

すると、先ほどのお宅のご主人が、わざわざ坂を上って来て 『妻から帽子を探していることを聞いたんだけれど、あとで崖から落ちて来ることもあるので、気にして置きます。隣りの家にも声をかけます。思い入れのある帽子でしょうから探しましょう!』 と...。小生の名前と、住所を教えて別れました。

テレビ等で、神戸小学校1年生の少女が殺されてバラバラにされて雑木林に捨てられた事件で、ショックを受けていただけに、帽子が無くなったのを自分のことのように受け止めてくれた、親切な70歳を過ぎたご夫婦が近くにおられたことがわかって、暖かい気持ちになりました。

 

〔後日談〕

10月3日の桐生駅ハイ帰宅後、野球帽が見つかり、ご主人が自宅まで届けてくれました。

 

 

秋晴れの9月19日(木)駅ハイで9月初めてとなる「京浜運河の水辺と文士ゆかりの街をめぐる(約12km)〔大井競馬場~大森〕」を歩いて来ました。今回は、1964(昭和39)年、東京オリンピック時に開業し、今年50周年を迎えた東京モノレールとの共同開催。

〔コース〕

大井競馬場駅(東京モノレール) →大井ふ頭公園→東京港野鳥公園→中央卸売市場大田市場→東京モノレール昭和島車両基地→大森ふるさとの浜辺公園→大森海苔のふるさと館→平和の森公園→大田文化の森→八景坂→大森駅

 

ハトちゃんは、中央・総武線と京浜東北線で浜松町へ。東京モノ DSC09190.JPG DSC09187.JPGレールに乗り換えて大井競馬場駅で受付スタート(9:58)。本日がコースの初日と、都内のウォークが6月以来ということもあり、多くのウォーカーが来ていました。

まず、勝島橋から京浜運河モノレール大井ふ頭公園DSC09194.JPGどが一望できます。橋を渡って、運河沿いを進むと鳥に捕まって女性が飛んでいるモニュメント「南の空へ」前へ(10:06)。

 

 

DSC09200.JPG DSC09201.JPG DSC09203.JPG左折して公園内の雑木林の中へ。桜並木を抜けると、しいの実が道端に落ちています。公園を抜けて道路を横断してスポーツの森へ。テニス場の先に体育館、大田スタジアムの横を通ります(10:20)。

 

国道357号線(東京湾岸道路)に沿って進みます。その向こうに、首都高速道 DSC09206.JPG路を走る車の混雑がが見えます。

環七大井ふ頭を横断して、直進すると、前方からスタートの早いウォーカーとすれ違い。

 

300m先の右手に、東京港野鳥公園〔東京湾の埋立地によみがえった自然を DSC09213.JPG DSC09210.JPG活かして造園。大田市場(東京都中央卸売市場)に隣接し、24.9haの広さがある。かつては遠浅の海、1960年代後半から埋め立てが始まり、埋め立て後、地面に雨水がたまって池や原っぱができ、いつしか野鳥が集まるようになった。1989(平成元)年10月に開園。その後、「シギ・チドリ類重要生息地ネットワーク」の参加湿地となり、国際的に認められた〕の出入口があって、バードウォッチャーや観光客が...。

 

本日、老人週間で60歳以上は入館が無料になっていたので、入園(10:35)。野鳥の姿は森の中では確認できませんでしたが、いろいろな種類の鳴き声が聞こえました。

 

また、元の道を戻ると、後からのウォーカーに出遭います。国道へ出て左折してすぐに、広い東京都中央卸売市場大田市場〔1964(平成元)年に3市場を統合、翌年に花部 DSC09215.JPG門を加えて、3部門の総合市場になった。見学可能時間で見学できる〕が見えて来ました。

京浜大橋北を左折して正門から水産棟や青果棟、花き棟の外観を覗くだけ。市場は早朝終わってしまい、多くの輸送用のコンテナや荷物運搬車の往来が見えました(10:48)。

 

DSC09218.JPG DSC09222.JPG京浜大橋北で、国道の反対側に渡って、左折後、目の前の東海ふ頭公園に行ってしまうウォーカーもいましたが、ハトちゃんはマップを見て確認して、あわてて京浜大橋方面へ。

橋の上から見ても、先ほどの公園からは運河を渡れずに、戻るウォーカーたち。東京の駅ハイでは矢印が無いので間違えやすいのが難点。

 

幅広で長い京浜大橋を前のウォーカーに続いて渡ります(1 DSC09225.JPG DSC09224.JPG0:58)。運河には、運行する貨物船が...。橋を渡り切って、右折すると、すぐに京和橋。こちらは曲線で長く下って行くので、運河全体が見渡せました。二つの橋の上からの運河の眺めがすばらしい。

 

橋を渡ると、潮の香が漂って来ます。東京モノレールの高 DSC09229.JPG架をくぐろうとすると、ちょうど下りのモノレールが差しかかるところ。下からモノレールの車両を見上げると、音とスピードに、威圧感を感じました。

 

 

首都高速に沿って昭和島駅前へ。手前に東京モノレール DSC09234.JPGの心臓部となる昭和島車両基地があります(11:16)。この車両基地には、車両整備工場、線路の保守点検整備を行う施設部門等が配置されていて、本日は、案内された車両に乗り込めて見学が一部できました。

 

見学後、駅を越えて、首都高速の高架下の細い道を渡り、昭和島運動場横をDSC09237.JPG通って見晴らし橋を渡ってすぐに右折して、浜辺に向かう道を進みます。釣り人が竿を垂らしていました。

 

間もなく見覚えのある、何艘もの停泊している船溜まりが DSC09240.JPG見えました(11:30)。真っ直ぐ行ければ近 いのですが、橋が無くて船溜まりに沿って、反対側に回らなくてはいけないことに。

 

東京ガス野球グラウンド外を回るように歩く途中に、デング熱騒ぎから来た「蚊 DSC09241.JPG DSC09244.JPG DSC09248.JPGに注意」の看板。その先に大森ふるさとの浜辺公園〔かつての大森海岸を再現した、2007(平成19)年4月開園した都内初の海浜公園〕へ(11:34)。右手に広々とした入り江、白い砂浜が観賞できます。ここからは、さらにペースを落としてゆっくり風景を楽しみながら歩きます。

 

浜辺橋を渡ると、右側に「大森海苔のふるさと館」があります。入館無料 DSC09253.JPG DSC09251.JPGだったので立ち寄ると、正面に大きな海苔漁の船が目に入って来ます(11:40)。かつては海苔漁家が多くあり、海苔生産が盛んだった頃の貴重な写真や資料、海苔作りの歴史を知ることができました。平和の森公園はうっかり忘れて立ち寄らず。

その後、環七美原通りと第一京浜を渡って、京浜急行 平和島駅前へ。

そこまで歩いて来た数人のウォーカーは、ここから帰ったのか? 間もなく、前後に姿が見えなくなり、ハトちゃんしか歩いていないことに。

 

小生は、オジン隊の兼子隊長の教えを守って、最後の大森駅までしっかり歩こうと決意。

 

斎木製作所脇の細い路地に入るところを、地元の方に聞いて、何とか間違えずに進んで、JRの踏 DSC09255.JPG切を渡って大田文化の森〔1998(平成10)年に蒲田駅東口に移転した区役所跡地 DSC09257.JPGに建てられた文化施設。文化の森ホールでは、コンサートが開催され、他にも様々なイベントが行われている〕は外観のみ(12:14)。

 

ガソリンスタンドを右折すると、大森駅前まで延々とつづくバス通りの商店街。いろいろなお店が DSC09260.JPG並んでいて、海苔を販売している店もありました。

昔、大森といえば、東京湾で採れた海苔づくりで有名になり、今でも問屋や商店が多く、潮見坂、富士見坂といった地名も多い。

ゆるやかな八景坂〔大森海岸をはじめ八つの花鳥風月の眺望が観えたことから DSC09262.JPG DSC09263.JPG名づけられた〕を上ると、道路上に大森文士村の碑版が...。間もなくゴール大森駅へ(12:33)。構内で、東北フェアを開催中。

 

緑豊かな公園と、大井ふ頭・京浜運河沿いの水辺のスポットを堪能できたウォークとなりました。

後日、メールで品川に住んでいる兼子隊長も歩いたことを知りました。もちろん、主催者側の選定したコースの意義を感じてでしょう? 最後の大森駅まで12km完歩

 

 

23日(火)は、早朝から2日前に収穫した野菜15㎏ほどリュックに背負って、八王子へ行って彼岸参り。最寄り駅まで、家にいることが珍しいに、駅まで送ってもらいました。

乗車時間は、接続をパソコンで調べて、中央線特別快速を利用しても、西八王子駅までは1時間半を越えます。

10時に駅に着いて、実家へ電話すると、8分ほどでを乗せて迎えに来てくれました。

その足で、町田街道から高尾駅そばを経由して、山間にある都営八王子霊園 http://www.tokyo-park.or.jp/reien/park/index076.html へ。高尾駅からのバスもありますが、石材店などが並ぶ道を、歩いて向かう人たちも。昔、車が混雑してバスの本数が少ない頃に小生も歩きましたが、樹林の傍を歩くので森林浴はできますが、ゆるやかな上り坂になっていて約40分は結構、歩きごたえがあった記憶が甦りました。

幸い、出発が早かったので、車の渋滞には巻き込まれず、スムーズに霊園内の駐車場まで、約15分で到着しラッキー

かなり広大な芝生に多数のいろいろな墓碑が並んでいて、壮観な雰囲気。公園管理者の行き届いた清掃で芝生が刈られていて、雑草も比較的少ない。年間管理料も3,240円と安価です。

すでに土・日曜、早朝、墓参に来て、きれいな花が飾られている家もあります。

膝と腰の手術をし足が悪くて杖をつく90歳の母の手を引き、が折りたたみの小さいイス、線香、お花、供え物などを持って、墓前へと。天気も晴れて、暑くなくさわやかな秋晴れ。日差しの関係で、自分たちの墓の場所は、日陰になっていて、ラッキー

父が生前、墓地を買い、墓を建て、4人で先祖の墓参りをしていたのですが、父も13年前に他界して、それ以降、母は実家で一人暮らしを続け、6月の命日春分・秋分の日に、墓参を続けています。

親子水入らずで、亡父の好きだったビールや梨などを供えて、しばし話を...。90歳の大台にのっても、1年1年がちょっと心配ですが、歩くのに不自由があるのと、耳が遠くなったぐらいで、まだ痴呆症にはなっておらず、こちらの言うことも十分に理解できるのが安心部分。

 

その後、恒例の帰りに立ち寄る 和食レストラン「とんでん」へ。1時間昼食を摂っていろいろな話に花が咲きました。入店の11時には空いていて、待たずに座れましたが、帰り際、入口付近では、かなりの利用客が並んで待っていました。こちらもラッキーでした。

 

家に着いてから、ハトちゃんが持って来た野菜を、二人に分けて休息後、弟の車で西八王子駅まで送ってもらい、またも特別快速に乗って、早めに最寄り駅に到着。

買物後、行きと同様、に車で迎えに来てもらって自宅へと...。

 

お彼岸の天気が良く無事に墓参を終えたことと、新鮮な野菜持参できて喜んでもらったのが何よりでした。

 

妻の実家(小見川)での畑仕事に、8~9月に入ってからは毎週末続けて行っています。

夏も終わって、夜は虫の鳴き声がうるさく感じられるこの頃。昼間の最高気温も30℃を越えなくなって、外での仕事もやりやすくなって来ました。7~9月は、駅ハイも首都圏近郊では開催が少なくて、群馬の高崎より先がほとんどなので、週末は空いていたこともあります。

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9/20土曜。曇りのち小雨模様。7時、自宅を義兄の運転で出発。1時間ほどで、実家へ到着。

部屋の雨戸やサッシをあけた後、早速、畑へ。と思いきや、義兄が準備するはずの野菜の苗が間に合わず、とりあえず先週の続きで、草取り。裏の垣根の下が、雑草が密集。手袋と小鎌を使って、丁寧に草を取ります。春先からやっていなかったので、思っていた以上に大変。2時間を超えて、やっと一段落して終了。見違えるほどきれいになりました。義兄は、畑仕事のパワフルな仕事は得意ですが、同じような地道な作業はハトちゃんが担当しています。

早めの昼食を義兄が用意してくれて、食事を摂りました。結構、おかずが多く出るので、いつも実家へ帰ると少し体重が増えてしまいます。

午後から、ワケギの昨年作って種にした苗を、黒い防草シートを敷いて、丸い穴の開いた場所に2、3本ずつ植えて行きました。やぶ蚊が多いので、雨具を上下着用して、防蚊スプレーをして作業を。それでも服の隙間や、手袋の布部分を刺しに来ます。日差しは無いものの、服が蒸れるのと汗でビッショリ。

中腰で、苗をずらして植えていくので、しばらく続けると腰が痛くなります。腰痛で、「ビー」としびれる感覚が走ります。たまに腰を伸ばして背伸びの運動。それでも何とか、1シート5列、約40mを終えて、作業を完了。

少し雨が強くなって来たのと肌寒くなって来たので、17時過ぎに片付けを終え、本日の作業は終了。夕食後、風呂に入って、テレビで「関ジャ二の仕分け」でカラオケ対決を観て楽しんだ後に、11時に早めに就寝。

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9/21日曜。本日は朝から秋晴れで、太陽が出て、結構暑さがこたえます。

本日も秋野菜の植える作業と思いきや、風呂場の薪に使うための竹をカッターで切る作業の手伝い。

模範を示してくれて、その後は小生が担当。初めてなので、なかなか上手く電動カッターを使えません。一応、だんだん切っていく内に様にはなって来ました。

竹の節に付いている細い枝の部分を切っているうちに、嫌な予感がしていましたが、うっかりコードをカッターで切ってしまいました。ヤバイ!

ちょっと慣れたあたりが、やはり注意が必要なんですね。

 

義兄に謝って、別の仕事に...。

義兄は、切り替えが早いので、すぐに車をとばして、新しいカッターを買って来て、今度は自分で竹切りの作業を開始。

午後は、本日、自宅へ帰る予定だったので、夏野菜をハトちゃん一人で収穫。

3時の休憩時に、急に義兄から 『野菜を積んで、小生の自宅へ送って行って、電車で実家へ戻り続きの作業をする』 とのこと。『急な展開にビックリ』。

その後、こちらは言われるままに野菜を収穫し、車に積み込んで、16時半に一緒に実家から義兄の運転で小生の自宅へ。1時間ほど高速をとばして、自宅で野菜を置いて、最寄りの「京成大久保」駅からとんぼ返り。

バスツアーで、山(平ガ岳―日本百名山)に行っていた妻からも、帰って来てから 『どうしたの?』 と言われる始末。

何とも不思議な一日でした。思いつきタイプの義兄のペースに合わせるのは、結構、大変です。

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明日(23日)は彼岸なので、往復4時間かけて、収穫した野菜を八王子の実家へ。実弟の車で、父の墓参に行って来ます。

 

たまたま、新聞販売店の抽選で当たった「都立葛西臨海公園・水族館」の招待券が、9月末日までだったのと、臨海公園が「首都圏公園スタンプラリー」の公園でもあったので、9月18日(木)秋晴れのもと、外出。

東京メトロ東西線を利用して西葛西駅まで。そこから葛西臨海公園駅前まで都営バス。

 

臨海公園は、駅前を下車して目の前。まずバスを降りると、噴水の右手に、地上117mの大観覧車が目に飛び込んで来ます。その大きさは日本最大で、公園のシ DSC09087.JPGンボル的存在。観覧車に乗って、周 DSC09089.JPG 囲を見渡すと、晴れていれば、東京湾、レインボーブリッジ、アクアラインの海ほたる、東京タワーやスカイツリー、富士山なども一望できるので、お奨め。

1989(平成元)年に、失われた東京湾葛西沖の自然を再生しようと、海を埋め立てて開園した「東京都葛西臨海公園海浜公園を隣接)」。

水族館」を含め「野草園」、「展望広場」「汐風の広場」「バーベキュー広場」、「日本庭園」、「展望レストハウス」などの他、海浜公園の「西なぎさ」へも徒歩で行けます。散歩、運動、観光など、利用者がいつも多い行楽地。1995(平成6)年に「鳥類園」ゾーンがオープンして、都区内最大級の都立公園となっています。

 

DSC09092.JPG中央園路へ進む途中の右手に、公園サービスセンターがあって、今年、スタンプラリー7個目のスタンプをゲット。スタンプには、大観覧車と花が描かれています。

 

続いて、真っ直ぐ進んで、展望ハウスクリスタルビDSC09095.JPGューに上がって、東京湾を一望。波も穏やかで、広い海を眺め、ゆったりして爽快な気分に...。西なぎさと東なぎさの干潟も良く観えます。

 

 

元の道を引き返して、本日メインの水族館へ。東京湾・葛西に浮かぶガラスドームが特徴。

途中、バスツアーや遠足の生徒たち、団体観光客、それと車椅子で水族館に来たグループなどの往 DSC09102.JPG DSC09107.JPG来でにぎわっていました。

 

水族館前では、敬老 DSC09110.JPGの日から今 DSC09112.JPG週21日まで60歳以上は無料の表示。結局、招待券は使わずに、該当年齢のハトちゃんは、無料で入場できました(後日、友人に招待券をプレゼント)。今回で、小生は3回目の入館。 

館内は平日というのに、多くの観覧者で結構、溢れていました。順路に沿って、海の生き物たちが紹介されていて、水槽を覗き込みます。

 

今、ひそかにブームになっている「深海の生物」、そして「世界の海」「大洋の航海」では、いろいろ DSC09116.JPG DSC09126.JPGな、また珍しい生き物がいっぱい。「エンゼルフィッシュ」などの鮮やかな暖かい海に棲む魚など。大小さまざまな形状や色の魚介類に釘付け...。写真も一部を除いて、撮れるので、記念になりました。

 

さらに、水族館の目玉である「100尾以上のマグロの回遊水槽」は圧巻。横、下から見上げる大水槽は、しばし足を止めてしまうほど、泳ぐスピードの速さと、群れをなして同方向にまわっている姿に目を奪われて、ゆっくり観る価値があります。

その他にも、小笠原諸島~東京湾の海に生息するものや、一旦 DSC09131.JPG、出口に出たかと思う錯覚になりや DSC09136.JPG DSC09139.JPG DSC09148.JPGすい「ペンギン・海鳥」のフロアは何とも愛くるしい。

1時間半ほど海の生物などを十分に堪能・観覧して、帰宅の途に着きました。

 

 

 

駅前ロータリーで帰りのバスを見ると、東西線の「葛西駅」行と「西葛西駅」行とがあって、千葉方面に帰る小生は、一駅千葉よりの「葛西駅」行を選択。

 

ところが、行きは西葛西から15分で葛西臨海公園駅に着いたのに、帰りは、団地群や街なかを通る路線で、乗降客とバス停数が多く、何と25分もかかってしまい、選択を失敗したと。

 

少々疲れて落胆しましたが、ゴールの記念に、最後、葛西駅前バスロ DSC09156.JPGータリーにあった、風力機のモニュメントを記念撮影して、電車に乗ろうと階段の下に行くと、目の前の駅舎の1階に、「地下鉄博物館」がありました。

 

この場所にあることを知らなかったのと、時間に余裕があったので、立ち寄って DSC09159.JPG初の入館。

地下鉄の始まりは、1927(昭和2)年12月30日の上野~浅草間が開通したとのこと。地下鉄の歴史から新しい技術までを「みて、ふれて、動かして」を学習・体験できる参加型のミュージアムになっていました。入館料も大人210円、小人100円(中学生まで)と安価なのも魅力。入館券は、駅の切符をモチーフ。

 

地下鉄の最初の車両や代表的車両が並んでいて、地下鉄の建設工事で使用した「シールドマシン DSC09164.JPG DSC09167.JPG DSC09174.JPGカッターディスク(実物)」や、地下鉄車両の安全に走るしくみでは、車両の運転席での体験もできます。

 

 

DSC09177.JPGDSC09170.JPG また、ジオラマ模型による昼夜に走るメトロパノラマがあり、地 下鉄が、ビルの谷間を縫って、何台も走っている光景や、クイズなどもありました。

 

バスの時間はかかったものの、「地下鉄博物館」は「瓢箪から駒」でラッキーでした。ウォークなどで、交通費が安く、便利に利用できる地下鉄に乗る機会が多いので、有意義な鑑賞になりました。

 

 

 

16日(火)は、毎月1回の定期健診日。時間が11時半の予約でしたが、診療所の傍にある友の会事務所に早めに行って、12日(金)の広報紙「友の会だより」発送手伝いの続きを。

1時間ほど広報紙の三つ折作業をした後、診療所へと向かいました。

連休明けということもあり、かなりの患者さんが来院。待合のフロアは、順番待ちの患者さんでいっぱい。

ハトちゃんは、血液検査と診察のみでしたが、予約時間を15分過ぎてやっと、検査室の看護師さんから名前を呼ばれるほど。予約なのにだいぶ待たされました。途中、週末の畑作業の疲れもあって、コックリ、コックリ...。

採血が終わって、フロアで診察の順番を待っていると、午後0時30分頃、隣りの患者さんの携帯電話の警報がけたたましく鳴り、何事かと思うと、すぐに「グラグラ」と大きな地震の揺れ。患者さんも、瞬間的に恐くなり、「地震だ!」という大きな声も。すぐに傍にいた看護師長さんが「落ち着いて、その場を動かないでください」という指示。

少し、大きな揺れ、余震も続いたので、3年半前の3.11東日本大震災の惨事が頭をよぎりました。

地震が間もなくおさまって、廊下にあったテレビで、地震情報が流れて、速報を見ると「震源は茨城県南部で、マグニチュード5.6、震源の深さは47キロ。関東地方(栃木、群馬の一部で震度5弱、診療所のある千葉市花見川区は、震度3でした。

診療所の建物は、比較的新しく鉄筋3階建ての2階部分で地震に遭いましたが、周囲の状況や体感からすると、震度4はあったように感じました。

以前、千葉県松戸の西部防災センターで、震度5の体験をしましたが、今回も一瞬、椅子から立ち上がれませんでした。

午後、1時間の「友の会だより」の作業を早めに終えて、1時間筋トレ。

その後、自宅で昼食。残っていた食パンとナスのしん焼き、昨日収穫のミニトマトジュースを飲食しながら、テレビで地震の詳しいニュースを見て、津波の心配が無かったことと、一ケタのケガ人が出たぐらいの被害ですんでホッとしました。

ただ気象庁の会見で「今後も震度3~4程度の余震の可能性がある」とのことなので、ちょっと心配ですが、9月1日は防災の日になっており、台風も多く発生するので、防災には日頃から起こることを想定して、すぐに対応できるように準備を徹底しなければと、改めて痛感しました。

 

夏休みで8月のウォークがお休みになり、9月はじめての市外ウォーク。

天候は、猛暑が過ぎて秋らしくはなって来たものの、局地的豪雨(四国や広島など)があって大きな被害が出て、このところ不安定な雲行き。

それと、東京都の代々木公園などで蚊に刺されDSC08810.JPGて発症したデング熱が広がったりで、本日(9/9)船橋西武前に集まったのは、今年、最も少ない先生を含む12名が参加。

今回のコースは、「横浜・三渓園と本牧周辺の公園を歩く(約7km)」。

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JR「船橋」9時41分発の横須賀線茅ヶ崎行に乗って、「横浜」で乗り換えて根岸線で3つ目の「山手」駅に約1時間かけて到着。トイレを済ませて、早速、スタート(10:52)。気温が2、3日前に比べると上昇するも北風が吹いてさわやかなウォーク日和。

まず駅前から、神田先生の案内で、いきなり石の階段を上ります。結構、上ってやっと平らな場所 DSC08809.JPGへ。地名が「本牧緑ケ丘」となっていました。メンバーは『周辺の住民は、駅に出るのに大変だね』『足腰が鍛えられるね』 とも。

 

住宅街の合い間から、下方の市街地が良く見えて、かなり上っていることがわかります。 DSC08813.JPG

YC&AC通りを右手に曲がって、住宅街、YC&ACグラウンド、YC&ACテニスコート(ラリー等で練習中)を抜けて、幾分、上り坂の道を車に注 DSC08814.JPG 意して進んで行きます。

本牧荒井を過ぎて、そのまま真っ直ぐ進むと、本牧山頂公園の出入口へ。

ここでいったん給水とトイレ休憩。

 

休憩後、公園内の本牧荒井の丘を上って、今度はつづれ折れ坂をくねくねと下ります。途中に、大きDSC08820.JPGDSC08821.JPGなヒマラヤ杉やあたりの樹木を観賞し、和気藹々と話しながら先生の後について行きます。ハナミズキの日米移植記念碑がありました。アメリカ坂を横断。

途中、右手に、小さな畑がある「あそびの広場」では、お母さんたちが自然体験の姿も...。キャンプ場やさくら広場(大きなさくらの樹が多数あり、珍しい横に這ったような樹)もありました。

 

見晴らし山へは、ぐるっとまわるように上って、山頂から横浜市街地、港、ベイブリッジ、山下公園、ラ DSC08827.JPG DSC08833.JPGンドマークタワー、目的地の三渓園などが一望できましたが、雲が垂れ込めていたので、東京スカイツリーは観えず。上からの眺めに、子どものように、はしゃいでいたメンバーも。年をとると 『あれ、それ、どこの』 とか、主語が出て来ない話題で大笑い。

 

また、ぐるっとまわって降りて来て、正午にはちょっと早かった(11:50)のですが、レストハウス(管理事務所)の中のテーブルとイスを利用できるかを尋ねて、OKだったので、 DSC08837.JPG DSC08835.JPG各人思い思いの弁当を広げます。

レストハウスは、小さなカフェになっていて、珍しい「たんぽぽコーヒー」「しそジュース」など、健康食品を安価に提供していて、多くのメンバーが注文。

 

30分ほど昼食休憩。休憩中に、9月からサークルの会長を推薦されたハトちゃんが挨拶。『今後も楽しいサークル活動の継続にご協力をお願いし、連絡網をしっかり作って、変更を必ずメンバーに徹底すること』を話しました。

 

昼食後は、であいの交差点を過ぎて、駐車場脇から和田山口から公園を出て、車の往来が多い本牧通りを横断して、本牧桜道を真っ直ぐ進みます。

DSC08841.JPG途中に、「忍足」という珍しい表札が目につき、いろいろと読み方を話していると、メンバーの一人が「おしなり」と読むことを教えてくれました。

三渓園に向かう道の左手に、小さな鳥居があり、その奥に亀の子石が祀られています。亀の小石の上には、タワシがいっぱい置いてあり、何でも「タワシを借りて、喉を擦 DSC08842.JPG DSC08844.JPGると百日咳が治り、3週間の願かけで治れば、タワシを倍にして返す慣わしがある」とのこと。

小生は、『だから亀の子タワシと呼ばれるんだ』と、新説を展開して自分だけで納得。

 

 

間もなく三渓園〔生糸貿易により財を成した実業家「原 富太郎(雅号・三溪)」によって、1902(明治35)年から造成が始められ、1908(明治41)年に外苑、1923(大正12)年に内苑が完成。広大な園内には京都や鎌倉などから移築された歴史的に価値の高い建造物が巧みに配置されている。当初、新進芸術家の育成と支援の場としても使用され、前田青邨の「御輿振り」、横山大観の「柳蔭」、下村観山の「弱法師」など近代日本画を代表する多くの作品が園内で生まれている。その後、戦災により大被害を受けましたが、1953(昭和28)年、原家から横浜市に譲渡・寄贈されるのを機に、復旧し現在に至る 〕へ。

何と重要文化財が10棟、横浜市指定有形文化財が3棟もあります。 

 

受付で入場料を払って、三渓園の中に入ります。入ってすぐ旧燈明寺三重塔を背景とした大池が広 DSC08845.JPG DSC08848.JPG DSC08854.JPGがっています。手入れの行き届いた樹木、庭園が目に飛び込んで来ます。

順路に沿って、大池の周囲を歩いて行きます。 

三溪園は、大きく分けて内苑外苑に区分されています。

 

先にある茅葺屋根の「鶴翔閣(原三渓の旧住宅)」〔楽室棟、茶の間棟、客間棟から DSC08851.JPG構成されてい DSC08852.JPGて、 上空から見た形が鶴が飛翔している姿を思わせることから、"鶴翔閣"と名づけられた〕を見学。広さは約290坪。今回は、外から広い玄関をガラス越しに観ました。

 

 

内苑に入ると、その後、まず重要文化財の臨春閣 DSC08868.JPG〔1649(慶安DSC08870.JPG2)年、紀州徳川家の初代藩主 徳 DSC08855.JPG DSC08866.JPG川頼宣が建築した紀ノ川沿いの数奇屋風書院造りの別荘〕があります。襖絵は狩野探幽、狩野安信などによって描かれているそうです。月見 団子を並べて十五夜を望む裏山をバックにした絶景場所に、先生が案内してくれて 、参加メンバーは大満足。

 

 

更に進むと、旧天瑞寺寿塔覆堂〔豊臣DSC08867.JPG秀吉の母が病に臥せったとき、平癒祈願のため、京都大徳 寺内に天瑞寺を建築。1591(天正19)年に石造りの寿塔(長寿を祝って生存中に建てる墓)があります。みんなで寿塔の覆堂〔貴重な文化財、史跡等を風雨から保護するために、それらを覆うように建設された簡易な建築物〕のみ見学。こちらも重要文化財で、そりあがった屋根は、荘厳さを感じさせます。

 

DSC08874.JPG DSC08872.JPG次に坂を登って行くと、月華殿(内苑)〔1603(慶長8)年に京都伏見城内に建設された。大名が来城の際の控え室と伝わっている〕、奥には、原 三渓が建てた茶室と禅宗様建築の地蔵堂がありありました。また、天授院((内苑)があります。両方とも重要文化財。

DSC08878.JPG

さらに、重要文化財の聴秋閣も立ち寄りました。なかなか趣きのある建物で、雨戸がありません。

 

ようやく内苑を出て、外苑に戻りました。三渓園では一番新しく、1987(昭和6 DSC08882.JPG2)年に移設された建物で、燈明寺本堂(重要文化財)を見学。

園内で女性メンバーの一人が、住んでいる千葉・習志野市の隣人と偶然出会ってビックリ。こんなこともあるんですね。

 

旧矢箆原家住宅(重要文化財)は、江戸時代後期に建築された飛騨。白川郷の合掌造りの家で、飛 DSC08888.JPG DSC08886.JPG DSC08885.JPG騨三長者の「矢箆原家」の住宅で、1960(昭和35)年に移設されました。現存の合掌造りでは、最大級の建物で、屋内を見学。説明ガイドも付いていて、民具なども展示しています。習志野市の鴇田家を髣髴させる建物で、建物保存を兼ねて、未だに火を起こしていて、煙が立ち上っています。

 

その後、今度は三渓園でも一番存在感のある旧燈明寺三重塔を目指して山登りです。結構、険しい道を登ります。

 

途中、結構、薄暗くて怖い道もありましたが、最後に急な石段を百段以上登って、旧燈明寺三重塔に到着。小高い丘に建つ三重塔は、京都・木津川市の燈明寺の DSC08893.JPG DSC08892.JPG境内にあったもので、建築は室町時代の1457(康正3)年築で関東では最古。三渓園のシンボル的存在で、形の整った塔でした。先ほど見学した本堂のそりたつ屋根の様子が上からはっきり見えました。

小生は、三重塔は遠くから観た方が、美しいと感じました。

 

展望台へ向かう道で、旧展望台のレンガが残っていた先に新しい展望台

DSC08895.JPG石油コンビナートが前に観えて、松の高木の間から横浜港方面を一望しました。ガイドさんの話では、文化財として自然保護指定を受けているので、高木を切れないそうです。DSC08897.JPG

展望台の後、順路に沿って山道を下って、大池へと向か って歩いて行きます。下りて行く途中に、可憐なピンクの花をつけたホトトギスが咲いていました。

ようやく最初の大池の反対側に出て来ました。三渓園は、広さが17.5haもあり、日比谷公園と同じくらいの広さで、東京ドーム4個分だそうです。アップダウンが多くて、少々疲れました。

園内の広さ・重要文化財の多さにものすごく驚きました。この三渓園を造った「原三溪」はどれほどの金持ちだったのでしょうか?今の時代に、全国の需要文化財を集めて三渓園のような庭園を造るなんて不可能。ハトちゃんにとって、「三渓園は、関東では一番スケールの大きい庭園だ」ということが、初めてわかりました。ぜひ一度は、三渓園を観賞されることをお奨めします。

 

その後、三渓園の南口出口から園外に出て、横浜市の周辺の海が埋め立て造成された際に作られ DSC08899.JPG DSC08900.JPG本牧市民公園を抜けます。中国江南様式の建物と蓮の池が続きます。左手に先ほど歩いた三渓園の丘が。切り立った崖に断層が表れて、ウォーキングコースは、昔の海だったところ。

 

また、坂を上って行き、 DSC08905.JPG DSC08903.JPG DSC08901.JPG市民公園の展望場所から、再び横浜港やベイブリッジ、石油コンビナートを眺めて小休止。看板に先ほど歩いて来たところが、根岸湾で潮干狩りをしている当時の写真や説明書きが...。

八聖殿郷土資料館は、世界の八聖人(聖徳大子・弘法大師・親鸞・日蓮・釈迦・孔子・ソ DSC08906.JPGクラテス・キリスト)の立像があるとのこと。今回は、遠方から屋根と建物の一部をチラ見したのみ。

細い階段を下って、市民公園前のバス停へ。始発(14:18)だったので、全員座れました。

横浜駅行きのバスに全員乗車して、約30分。料金は全区間一律220円と随分安く感じました。疲れているメンバーは眠っていましたが、小生駅ハイで歩いた道を思い出しながら、バス停名を聞いて、懐かしい感じを持ちました。

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横浜駅ルミネ前で降りて、ルミネ内を通って、駅改札口へ。駅周辺を知っている先生の案内でなければ、わからないほどの迷路。

横浜」駅から、全員習志野へ戻ることに。横須賀線の一番前に乗ったので、全員座って帰れました。ボックス型車両だった のでそれぞれに話が弾みます。

思いも寄らないアップダウンの多いコースで、ふくらはぎがパンパンに。

横浜は、港町方面は馴染みがありましたが、山手方面にもすばらしい見所があることを、新たに発見できた有意義なウォークでした。

 

先日、何気なく 『広報 習志野(9月1日号)』 を見ていると、11ページの下に、囲みで、「もう申請はお済みですか?臨時給付金」という記事を見つけました。

そういえば、だいぶ前に、八王子の母が、同じ給付金の該当者になって、あまり歩けない母の代わりに、八王子市役所へ申請に行ったことを思い出しました。

内容を読んでみると、「臨時福祉給付金」「子育て世帯臨時特例給付金」という項目があり、そのうち、ハトちゃんが注視したのは「臨時福祉給付金」〔市民税(均等割)が課税されていない人(課税者の扶養親族や生活保護受給者を除く)〕。

小生、現在は厚生老齢年金を60歳から受給しているだけで、その他の収入はほとんど無し。当然、税法上の扶養対象にはなっておらず、市民税は非課税。給付金の対象となります。

 

それでも、受給の対象になっていないと恥ずかしいので、念のために市の担当本部に9/4(木)問い合わせたところ、『該当する』 とのこと。

住所、電話、氏名、生年月日を言って、書類を送ってもらうことになりました。

しかし、今週の月曜を過ぎてもなかなか書類が届きません。仕方なく、10日(水)に本部に問い合わせて調べてもらったところ 『昨日(9日)、送ったのでお待ちください』 とのこと。

 

結局、自宅に届いたのは、11日(木)夕方、ポストで。

 

年末年始ならともかく、市内郵便は、2日間あれば間違いなく届くはず。忘れていたのでしょうか? こちらで催促の電話をしてから送ったように思えます。電話をしなかったら、どうなっていたか。市職員の対応の遅さに、少々、腹がたちました。受付締切は、10月1日(水)とまだ余裕があったので良かったのですが...。

本来であれば、習志野市で市民税の非課税者について把握しているはずなので、通知があっても良いのに。ちなみに、八王子の母は市からの通知があって申請しました。住民数では、圧倒的に差があるのに。自治体の姿勢が問われます。

昔からの「役所への申請をしないと給付などもらえないで、一定期限が過ぎると無効になってしまうという申請主義」の姿勢も、市民・住民本位のサービスに、もっと改めるべきです。

  DSC08910.JPG

給付申請を送付しての帰り。道端に、今年初の赤い彼岸花が開花していました。ちなみに赤い彼岸花の花言葉は、
「情熱」「独立」「再会」「あきらめ」 「悲しい思い出」「想うはあなた一人」「また会う日を楽しみに」 。

ただいま、13時。

いつもならテレビの昼番組を見ながら、もう昼寝をしているころ。

yjimageZI2XV1XO.jpgフジの「笑っていいとも」が終了して以降、「バイキング」は、雑然としていて、MCの個性もあまり出ていないのでおもしろくなくなり、他局の番組を、その日によって変えている状況。

テレビ番組のつまらなさも手伝って、腹いっぱいになるといつの間にか目が閉じて、約30分間ほど、至極の時間を過ごしています。 「気持ちよく睡眠に...」。

起きて我に帰ると、『これでは、夕食まで何もしないで過ごすこと」になりかねないので、筋トレに出かけるタイミングにもなります。当たり前でしょうが、他人に見られると、スイッチが活動モードになり、眠気も一時的に、吹っ飛びます。

外出していれば、緊張感もあって、眠れないのですが、家に一人でいるとほぼ決まった時間に眠くなってしまい、スヤスヤ。

というのも、妻が寝るのが遅く、ハトちゃんも雑用で0時半過ぎに寝る習慣になってしまいました。風呂も11時半以降に沸かすので、必然的に睡眠が遅くなります。

朝の起床が6時なので、約5時間の睡眠時間時間が、ずーっと続いています。

もう少し早く寝れば良いのでしょうが、習慣はなかなか代わりません。

体を壊して、入院していたときの21時就寝、6時起床が、ずいぶん辛かったことを覚えています。

これから、"食欲の秋" "スポーツの秋" " 芸術の秋" が到来。健康に注意して、ウォーキングや美術館めぐりを楽しんで、少なくても0時就寝を目標に頑張りたい。

 

テニス全米オープン決勝、錦織選手は、残念ながら、マリン・チリッチ(クロアチア)選手に0-3のストレート負けで準優勝に終わってしまいました。

しかし、アジア初、日本初の2位になり、テニス史に新たな1ページをしっかり f047[1].jpg刻みました。何よりも体力的に劣る日本人が大活躍した頑張りは、大賞賛に値します。

決勝戦前日は、過去の対戦成績を考慮して、杉山愛さんや松岡修造氏は8~10割の確率で、錦織の優位を予想していました。ただし、勝負は実力だけではなく、コンディションや勢い、時の運、相性など、複雑な要素も左右します。また、勝負は最後の最後で逆転されるケースもあります。正直、ハトちゃんは、五分五分だと考えていました。

相手の20cmも上回る身長差から繰り出される強烈なサーブのスピード優位を崩せなかったのが敗因でしょう。相手のペースで、試合が経過・終了。

しかし、決勝で負けたとはいえ、4大大会での準優勝は金字塔です。今回は、8月上旬の右足親指のできもの手術を受けて、出場も危ぶまれたのに、出場後は、4時間を超えるタフなフルセットの試合も勝ち上がり、準決勝では世界ランク1位のノバク・ジョコビッチ選手に見事、勝利しました。

表彰式で 『初めて決勝に来られたことは幸せだった。~また来年も、ここに戻って来たい』 というコメント。

テニス関係者、ファンだけでなく、日本中が注目して、熱い声援の中、大きな感動を与えてくれて、その頑張った姿に、勇気づけられました。

ここ〔全米〕がスタートという気持ちで、世界トップ選手として活躍し、大きな目標に向かって頑張って...。

 『 大きな感動をありがとう! 錦織

今朝の新聞一面トップを飾ったのは、テニス全米オープンで、世界ランク1位のノバク・ジョコビッチ選手を見事に3-1で破って、テニス4大大会で初の決勝進出を果たした、錦織 圭選手の記事。

勝利の瞬間は、緊張がとき放たれて跳び上がり、両手を広げて歓喜のバンザイポーズ。

素人ファンの小生から一言。『コーチはテニス選手としては、小さいマイケル・チャン氏。選手自体、全仏オープンを制したチャン氏の意識改革(たとえば、相手が誰であろうと勝てる)やトッププレイヤーに基礎の反復練習を徹底的に教えて粘り強さと体力・技術面が向上されたという評価を聞きます』

                                                      その昔、小生が30歳ごろ、弟の友人たちと一緒に、1年間だけでしたが、硬式テニスのスクールに週2回通っていたことがあります。数十球ボールを打つだけでも、なかなかコート内の思ったところに飛ばず、まして相手のボールを打つとなると、ある程度予測しないと、ボールのスピードについていけません。

運動量も大変きつくて、1ゲームをこなすだけでも、体重が減り、足腰が痛くなりました。結局、テニス肘になってしまい、そこからスクールを休んで、ラケットだけ今に残っています。

3年前に地元で初心者のテニス教室に参加しましたが、体力・技術の衰えが激しくて、何とか4回の教室をこなしたという感じ。

 

脱線してしまいましたが、『今回の錦織選手は、勝てるという自信と、戦術面・精神面のタフさが際立っています。とくに競り合いに強くなって来て、力の配分を考え、チャンスと思うと、ギアが一段入って、相手に動揺を与えて揺さぶっています。これも指導者のアドバイス、練習のたまものだと思います』

 

決勝まで来たのですから、あと1勝してぜひ優勝してほしいと思います。日本国内の暗い政情に、希望を与えてくれる日本人として、ビッグチャンスをものにしてほしい。

頑張れ! 頑張れ! 錦織

 

週末は恒例の義兄との実家での畑作業。先週の日曜8月31日も行って来ました。猛暑も一段落して、比較的涼しい中で農作業を...。暑い夏は、2日のうち1日だけを手伝いに、小見川(JR成田線)まで。

真夏は、日中の作業はきつくて、水分補給休憩なしではいられない状況でしたが、最近では打って変わって、暑くない分、だいぶ余裕が出て来ました。

曇ってはいますが、やはり動き出すと蒸し暑くなり、収穫し始めると汗が出始め、そのうち汗だくになり下着までビッショリ。

義兄は、作るのが趣味で、自宅では男二人暮らしのため、野菜をほとんど持って行きません。細かい作業が不得意で、短気な性格なので、丁寧に一つひとつ収穫する面倒な仕事は、ハトちゃんたちに。その代わり、力仕事はお任せ。

いつも妻と小生夏野菜の収穫

畑が広いので、2時間ぐらいかかって、トマト、ミニトマト、ピーマンやモロヘイヤ、ツルムラサキなど。ゴーヤもだいぶできていて、10本以上収穫できました。

結局、収穫した野菜は、ハトちゃん宅へ。車のトランクや座席いっぱいに積んで、大型ダンボール7箱、ゴミ袋45ℓ 4袋にもなりました。

 

帰宅後、近所の人に自宅の駐車場に来てもらい、そのまま必要な分、持っていただきました。

妻は仕事のため、月曜は、小生がいつも野菜の水洗いと選別に半日費やします。

 

本日3日(水)は、野菜19㎏以上をリュックに背負って、八王子の90歳になった実母に届けて来て、先ほど母から御礼の電話もありました。

~今週の6日(土)も、早朝から妻の車で、3人で妻の実家へ向かいます~

 

 

猛暑が一段落して、朝夕涼しくなって来た8月27日(水)、久しぶりに親友のさんと六本木の美術館めぐりに出かけました。天候は曇り。

11時に東京メトロ千代田線「乃木坂駅」6番出口で待ち合わせ。さんは、相変わらず飄々とした感じで、5歳下なのに、年齢より若く見えます。

ちょうど2年前の8月11日に上野の森で美術鑑賞して以来。中でも東京都美術館で開催された「マウリッツハイス美術館展」では、光の画家といわれるフェルメールの有名な「真珠の耳飾りの女」の作品が意外にも小さかったのと、レンブラント「自画像」の絵のすばらしさが印象に残った記憶があります。

 

今回も早速、一番の目玉である新美術館 http://www.nact.jp/ へ。地下鉄改札口から美術館出入口へ直結していて便利です。

 「オルセー美術館展」が開催されていて、平日だというのに多くの入場者 f0316421_21384278[1].jpgでいっぱい。ハトちゃんが障害者手帳を持っていたので、並ばずに受付へ。待たずに入館できました。

館内は、結構、混んでいましたが、オルセー美術館の代表する至高の名画84点を展示。印象派が誕生した19世紀後半のフランス美術を一望できます。

19世紀頃のヨーロッパでは肖像画を描くことが一つのステイタスであり、対象を正確に描写することが重要で、顔だけではなく、服装や背景の調度品なども、対象人物の地位を表し、そのため、正確に描く写実主義が主流。当時のアカディミズム(美術学校)には全く受け入れられずに酷評され、落選。モネなど印象派と呼ばれる画家たちが、1874年4月15日、パリでの第1回印象派展の開催。絵画の特徴は、光の動き、変化の質感をいかに絵画で自由に表現するかに重きを置いていて、それまでの絵画と比べて絵全体が明るく、色彩に富んでいます。荒々しい筆致が多く、絵画中に明確な線が見られないことも大きな特徴。また、絵の具の進歩などにより、アトリエから屋外に出かけて絵を描くことも多くなりました。

 

今回の展示は「1章 マネ、新しい絵画」「2章 レアリスムの諸相」「3章 歴史画」「4章 裸体」「5章 印象派の風景 田園にて/水辺にて」「6章 静物」「7章 肖像」「8章 近代生活」「9章 円熟期のマネ」での構成。巨匠たちの代表作が、良くもこんなに揃ったものだと思えるほどの豪華な内容。

 

入口近くに、今回のポスターの表紙にも載っているマネの有名な「笛を吹く少年」が飾ってありました。その前で人の流れが止まっています。思っていた以上にサイズが160.5×97cmと大きい作品で、細かく観ると、ズボンの皺が少なく、足の線が平坦で、立体感が不足していますが、赤と黒のコントラストと、少年の顔の表情のかわいらしさが目を惹きます。

われわれは別々に作品を鑑賞。とくに武蔵野美術大出身で、最近、自分で絵を描いて個展「ローマンカラー  ペトロの家の神父たち 矢崎 秀郎展」(カトリック東京大司教カテドラル構内 スペースセントポール;ブログ http://shabero.blogspot.jp/2014/08/blog-post_57.html 参照)を開催中のY さんは、ゆっくりと鑑賞。

どの作品もすばらしいのですが「2章 レアリスムの諸相」では、ミレーの「晩鐘」は、田園風景をセピア色の濃淡と人物の構図のバランスが絶妙で、惹き付けられました。カイユポットの「床に鉋をかける人々」では、男の長い手に違和感を感じつつ、題材の斬新さ、自由さにビックリ。

また、「第4章 裸体」では、アカデミズムブグローダンテとウェルギリウス」の写実的で迫力ある大きな絵画と、カパネルの「ヴィーナスの誕生」。ヴィーナスが波の上に横たわって、5人の天使がラッパを吹いたり舞ったりして、いかにも玄人受けするタッチに対し、ルノワール横たわる裸婦」やセザンヌ牧歌」などは、ひいき目に見ても繊細とは言えません。配色や構図のバランスもいまいちですが、ひと目で画家の描きたいタッチの特徴が出ています。「5章 印象派の風景田園風景での別の作品でも同じような感覚を受けます。

「8章 近代生活」では、何といってもモネの最大傑作「草上の昼食」。左(418×150cm)右(249×218)の大きさが違っていて、当初、何事かと目を疑います。説明を読んで納得。貧乏なモネが家賃滞納で大家に売って、後で買い戻した時、右側の部分が損傷して、変則な大きさになってしまったとのこと。何とももったいない話です。それにしても巨大なカンバスに描いたものです。

「9章 円熟期のマネ」では、最晩年に描いた「ロシュフォールの逃亡」が、舟に乗っている印象派の画家たちと自分の運命を、全体の大部分を海に当てて、上部に船と思われる希望に向かって一生懸命に櫓を漕ぐ人々を、自分の重い病気と重ね合わせて描いている作品。最後に、生への執念、絵を描き続けたいという執念すら感じました。ハトちゃんは、この作品を鑑賞できて、来た甲斐がありました。

 

ゆっくり1時間以上をかけて鑑賞。二人とも満足感に溢れる美術作品展でした。

 

美術館を出ると、正午をまわっていたので、ミッドタウン前のラーメン屋さんに入りました。ちょうど、お昼時で、サラリーマンが多数。相席でしたが、店の名前がついていた特製塩ラーメンを同じく注文。これが、とってもおいしくて、入店して正解。

 

その後、ミッドタウンガーデンを散歩。園内は広々とした芝生に、親水公園ふうに、水が流れていて、 左側にシャレた喫茶店があり、右側に本日2館目の21 21デザインサイトhttp://www.2121designsight.jp/

DSC08779.JPGDSC08782.JPGDSC08769.JPG小生が勧めて入館。館内の作品は、珍しく写真撮影が許可されていました。館内では「イメージメーカー展」を開催。

 

 

国内外で活躍する「イメージメーカー」DSC08778.JPGDSC08775.JPGちによる幻想的でDSC08772.JPG斬新な作品(写真、版画、 ビデオインスレーション、動く彫刻など)が、多数並んでいました。あっと驚く作品や多様性に富む表現力・創造に、先ほどの「オルセー展」の巨匠の歴史を感じる作品後だけに、現代に引き戻されて、表現の自由・多様性をグッと感じて、一覧しました。

その後、ガーデンを歩いて行くと、広場にゴジラの上半身の巨大模型が展示されていて、SF好きな二人はラッキーと。建物をバックに撮った写真は映画のシーンそ DSC08788.JPG DSC08784.JPG っくり。口の中には、火を吐く代わりのライトが付いていました。

 

その後、ミッドタウン建物内へ。

最後の3館目はミッドタウン3階のサントリー美術館 http://www.suntory.co.jp/sma/ に入館。「ボヘミアングラス 耀きの静と動」展を開催中。

bbe0efee042d325e21d8bed2c975fdeb[1].jpgチェコのボヘミアン・グラスの変遷を15世紀~現代にいたるプラハ国立美術工芸博物館所蔵170件で紹介。ゴブレットや花瓶、グラスなど、初期のガラス時の比較的シンプルな作品から、クリスタルの光耀く美しいガラス(17世紀後半)によって、美を追求する技術の向上などで複雑かつ模様などの様々な工夫が進んで、さらに多種の絵付けや形状の奇抜さ、多種類の用途品が増えて、「ガラス彫刻」と言われるまでになる軌跡が、順を追って体験できました。

出口のガラス・グラス作品の販売金額を見ると、かなり高いのに、妙に納得。

小生が「サントリーだけに、グラス展を開催して、すばらしい器でお酒の販売量を増やすのに、一石二鳥だね」と。(笑)DSC08790.JPG

 

最後に、ミッドタウン1階外の「スターパックス珈琲」で、ゆっくりと四方山話。お 互いに年を感じつつ特に健康についてと、本日の美術館の感想と成果。

 

次回の美術館・博物館めぐりを期待して帰路に着きました。

 

 

 

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