2017年3月アーカイブ

 

3月29日(水)、今年度最終駅ハイは「 鉄道のまち大宮を巡る(約12km)」 に参加。

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〔コース〕

大宮駅右インフォメーションセンター スタート 大栄橋右氷川参道右武蔵一宮氷川神社右大宮公園右ハナミズキの並木道右見沼代用水右大宮第二公園内「ひょうたん池」右歴史と民俗の博物館右大宮盆栽美術館右鉄道博物館右普門院右さくら並木通りと切敷川右大宮駅 ゴール

  

「大宮は、中山道の宿場町として発展し、また古くから氷川神社の門前町として栄え、駅周辺には明治の頃から車両工場が置かれて、「鉄道のまち」としてよく知られている。また、東北・上越・北陸新幹線の停車駅で、「鉄道博物館」があり、近隣には、大正時代より続く盆栽村もあり、埼玉県下有数の商業と文化の中心都市になっている

 

一昨年の3月以来、大宮に降り立ったハトちゃん。幕張本郷駅 中央・総武線 →西船橋駅 武蔵野線170329 (1).JPG→南浦和駅 京浜東北線で大宮駅へ(約1時間半)。

中央改札口前のインフォメーションセンターからスタート。コースは最 終ポイントが変更になったもののほぼ例年と同じ。

 

 

駅西口から、ベデストリアンデッキを通り大栄橋を渡って東口へまわるコースになっていましたが、今回は一人だったので、近道をして東口(南)から駅前通りを直進。大宮区 170329 (23).JPG役所を右手に見て、先の信号左側に郵便局、氷川参道〔氷川神社の参道が真ん中にあり、両側にケヤキ並木と舗装道路に挟 まれている〕に突き当たります。

 

左折して参道を直進。参道の幅は広くて立派で、鶴岡八幡宮の若宮通りを髣髴させます。大きな木々が両脇に聳えていて、周囲は閑静な雰囲気。参道の長さは、さいたま副都心駅傍の中山道「一の鳥居」から約2km、また県道2号線沿いの「二の鳥居」は高さ13m参道横の道は車が通行できます。

一つ目の信号「堀ノ内」前に二の鳥居。右手にさいたま市立図書館、奥が市立博物館170329 (22).JPG

 

170329 (4).JPG北進すると、右手に氷川の社文化園の竹林、境内入口に立派な三の鳥居が見えて来ます。

武蔵一宮氷川神社〔二千年以上の歴史をもつといわれ、大いなる宮居として地名の由来にもなった日本でも指折りの古社。武蔵一宮として関東一円の信仰を集め、東京都・埼玉県近辺に約200社ある氷川神社の総本社で、 他の氷川神社と区別する際は大宮氷川神社とも呼ばれる〕へ。

手前に天津神社、宗像神社が位置しています。

 

170329 (6).JPG 170329 (7).JPG 170329 (8).JPG 170329 (9).JPG橋を渡って、境内には楼門(というよりに近い外装)、本殿、拝殿、舞殿、神楽殿など、重厚な感じの建物があり、神橋、神池もあり、広い境内は約3万坪もあり、古杉や老松は悠久の歴史をしのばせます。

 

参詣後、境内を抜けて白鳥池の畔から、大宮公園〔1885(明治18)年、駅開業と共に県初の県営公園として開園。自然豊かな公園で、桜の名所でもある〕へ抜けられます。

園内には、野球場をはじめ、競輪場、体育館などの運動施設の他、ボ ート池や動物園、県立歴史と民俗の博物館、それに広い芝生などがあって、散歩やウォークには持って来いの憩いの場所となっています。 170329 (15).JPG 170329 (13).JPG 170329 (18).JPG

桜の木も多くあり、広場のは二分咲き。手前の一本は満開でした。多数の露店も出ていましたが、花見客が少なく、手持ち無沙汰の様子。週末には、大変な賑わいになるでしょう。

 

170329 (19).JPG 170329 (20).JPG日本庭園を過ぎて、公園手前のNACK5スタジアム(J1大宮アルディージャのホーム)は外観だけ。埼玉には浦和レッズもあり、サッカー熱が強い地域。

 

今回のコースは、ハナミズキの並木道を通って、見沼代用水〔江戸時代(享保年間) に農業用水の供給施設として開削された歴史的な大用水路で、現在は行田市から県東南部・東京都足立区にかかる地域約15,000haに農業用水を供給〕 から大宮第二公園のひょうたん池をまわって盆栽美術館鉄道博物館などを歩くようになっていましたが、3回完歩して見ていたので、お花見だけで駅へ戻ることに...。

 

帰りは、参道を戻って、二の鳥居から右折して県道2号線ではなく、大宮アルディージャの幟と花壇が続き、歩道と車道がチームカラーのオレンジ色で区分されている、アルデ 170329 (24).JPGィージャ通りを歩きました。突き当たって、少し左にあるウェストサイドstを通って、駅東口(北)へが一番の近道ということがわかりました。

ウェストサイドstは屋台で飲食できる小さな飲み屋が立ち並ぶ路地。名前が面白く、洋食の肉屋はイメージにピッタリ。

 

本日は、約4kmを1時間歩きました。帰宅後、スーパーで買い物中、ウォーキングの先輩に声をかけられ、久しぶりの再会。元気で何よりでした。

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今年度から駅ハイポイントが、コース数と距離に変更されました。結局、ハトちゃん104コース962kmで終了。

 

 

 

コースは;保土ヶ谷駅右ビーンズ保土ヶ谷  スタート 問屋場跡右保土ヶ谷本陣跡右復元した一里塚と松並木・上方見附モニュメント右帝釈天と旧元町橋跡右保土ヶ谷公園右横浜ビジネスパーク右神明社右帷子橋跡モニュメント右香象院右見光寺右旧中橋跡右保土ヶ谷駅 ゴール

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3月23日(木)、オジン隊駅ハイ 浮世絵パネル設置記念 旧東海道保土ヶ谷宿 歴史の道散策(約6.5km)」に参加。

保土ヶ谷駅10時に4人全員が集まりました。

駅構内にある歌川広重の「浮世絵パネル 東海道五拾三次」を探し、大 170323 (1).JPGきな額に入った浮世絵を観賞。前月の東神奈川駅ではうっかり忘れてしまったので。

天候は晴れ。先導する兼子隊長のリュックには、中国で買って来た鈴が多くぶら下がっていますが、鈴の鳴り方が静かになっていました。

ひと月ぶりに雑談をしながらマップに沿ってウォーク。

 

まず、駅前バスロータリー横を抜けて直進。突き当たり左側の花屋 170323 (2).JPGを左折すると、旧東海道

早速、問屋場跡の案内碑があり、おばさんウォーカー3人組が立ち止まって読んでいました。

 

脇を抜けて直進すると国道1号線を渡ったところに保土ヶ谷宿本陣跡脇本陣の案 170323 (4).JPG 内碑などもあり、外観や説明文を読みました。本陣は後北条氏の家臣・苅部豊前守康則の 子孫が代々つとめたそうです。通用門だけが残っています。

ここで隊長から「参勤交代などの本陣でかかる費用は、大名が払わずに、旅籠の主人が支払っていた」という豆知識が。

街道周辺には本陣以外にも脇本陣、旅籠などが 集中している場所ですが、現170323 (6).JPG160201 (28).JPG存しているものは少なく「金子荘」のみ遺構として残っていました。隊長の名字と同じ同音。往時の宿場 図を表す銅版が外壁に貼られていました。

 

その後、国道1号線を進みます。歩道は広くて歩きやすいのですが、 ダンプも多く交通量が多いので騒音と排気ガスが流れて来て、あまり歩きたくないコース。 

今井川沿いの仙人橋付近で、左手に外川神社が見えます。それほど高 170323 (7).JPGくない松並木が沿道に続き、復元した一里塚と上方見附モニュメント〔2006〔平成18)年に復元〕がありますが、いかにも造形された感じで、風情はありません。。

茶色の岩崎ガードを渡らずに保土ヶ谷二丁目の信号で横断。というのも、ハトちゃんは歩道橋が苦手。

 

次の右斜めに入る道が旧東海道になっていて、入口に史跡までの距離案内が立っています。保土ヶ谷は「歴史の道」案内板が豊富。

ところどころに名残りはありますが、車も少なく、寂れて、閑静な町並みが続きます。

 

200mほど行った所に、昨年までのチェックポイント樹源寺〔鎌倉時代に建てられた医王寺が焼失 170323 (11).JPG 170323 (10).JPG後、苅部家によって身延山久遠寺の末寺として開山:日蓮宗〕。大ケヤ キに因んで「樹を源とするお寺」と命名された〕があり立ち寄りました。石段を上がった境内は閑静で美しい庭園に石庭があって、大きな錦鯉が泳いでいる池の先には滝があって、その奥を電車がときおり走っています。。残念ながら現在大けやきはありません。小休止。

 

参拝後、旧街道を進み消防団倉庫、ゴミ収集場の隣りに旧元町橋跡の案 170323 (12).JPG内碑を見つけ、手前の細い道の右側にお堂があり、帝釈天を確認できました。一人だと見過ごしてしまうほど。帝釈天というと、映画「男はつらいよ」の柴又帝釈天が有名ですが、小じんまり過ぎて苦笑。

ここで、京成線柴又駅の寅さんの銅像の横に「さくら像」が建つ話題に。ウォーク後、25日に除幕式が行われました。また、寅さんの義父、歴代俳優の名演技にも話が及びました。

 

170323 (14).JPG 170323 (16).JPGその後、元町ガードから線路沿いをUターンして戻ることに...。途中、急勾配の坂を一気に登ると汗ビッショリ。対向車も急坂を下りていました。近隣住民の大変さを痛感。

公園、保育園を過ぎて、駐車場の上から、保土ヶ谷市街を眺望。横須賀線の勾配も確認できました。

 

コースマップに沿って道なりに500m進むと、花見台交番前へ。途中、国有地の看板を見て、連日報道されている森友事件の籠池理事長の証人喚問内容やトランプ大統領の政策、毎回1回は話題になる、昭和の女優。今回は原田知世の可愛さや吉永小百合の清純派路線云々の話題に花が咲きました。

 

目の前に保土ヶ谷公園。プール横を通って、にぎわい広場。園内は広く、敷地内にはテニス場、親水公園もあって、長い滑り台では子ども連れが遊んでいました。トイレ休憩。遠藤副長は、とくに絶賛していて、地元にはなくうらやましいとのこと。

170323 (21).JPG 170323 (22).JPG 170323 (25).JPGゆっくり遊歩道を下って行くと、古い井戸があり、水が出ました。隊長が「リスだ!」と声を発し、皆で見ると、リスが1匹。木を登って木の影に隠れました。まさかリスと遭遇するとは、思っても見ませんでした。自然環境が残っていて四季折々の花木が楽しめる憩いの場所になっています。

わんぱく広場横の出口を抜けて、マップには舗装路とありましたが、歩いて来た道も舗装してあったので必要ないのにと...。出口 170323 (26).JPG 170323 (24).JPGにヒガンザクラが一本満開だったのが救いに。

 

公園の雑木林を左側に見ながら、バス通りへ。通りを左折して歩いて行きましたが、ところどころ歩道がないところがあり、車に注意して進みます。

突き当りが星川町交差点。まっすぐ進めば、相鉄線星川駅で、駅ハイ終了後の天然温泉には最も近道でしたが、「まだそんなに歩いていないこと」や隊長の几帳面な性格?から「保土ヶ谷駅でゴールする」ことになり、結局、徒歩で戻って相鉄線天王町駅から電車に乗ることになりました。

 

右に曲がって保土ヶ谷小学校(外観が小学校に見えないほど立派)を通ると、左側から大勢のビジ 170323 (28).JPGネスマンがドッと出て来ました。門の表札には「野村総合研究所」とあり、研修が終わって出て来た模様。低迷する経済情勢のように、どちらかといえば明るい雰囲気ではないような感じ。

メンバーは就業時の富士通パソコン研修などを思い出しました。

左前方に、ベリーニの丘を中心にレストランや郵 170323 (31).JPG便局などの商業複合施設が並ぶ横浜ビジネスパークが広がっています。

 

 

保土ヶ谷土木事務所の横道を入ると、神明社〔平安時代中期、伊勢神宮の御 170323 (34).JPG 170323 (35).JPG領地として寄進され、鎮守として創建。祭神は天照大明神〕へ。千年以上の歴史があり、本殿造りは神明造で神宮と同じ。

清める場所に、珍しい白紙の人形(ひとがた)。流れは無くたまり水でした。人形流しは、知らず知らずの内に犯した罪や、積り積もった心身のけがれを取り除くための儀式。山根副長遠藤副長が記名して人形を流しました。

隊長から「寺は宗派があり本尊が明確なのに、神社の本尊は極端に言えば何でも良いんだよ」と。そういえば全国に浅間神社や富士神社が多い山岳信仰もあり、を思い出しました。「信仰は自由ですから何でもありですよね」。

 

次の帷子橋跡モニュメントは天王町駅前広場にありましたが、1本手 170323 (36).JPG前の道を進んでしまい、広場内を探していると、山根副長が地面にくっついていて、通路にもなっている木橋のものを見つけて、メンバーも納得。

 

最後は、保土ヶ谷駅方向に向かって大門通りを直進。

右手の駐車場先に普賢山香象院〔高野山真言宗;1583(天正11)年に忠秀法 170323 (40).JPG印が開山となり創建〕へ。出入口には仏足石があり、本堂まで置石が並んでい 170323(46).JPGます。出入口の両脇160201 (6).JPGに大きな釜や弘法大師の石碑と象の置物が右手にありました。江戸時代には宿場町最大の寺子屋があったそうです。境内に入って記念写真と参拝。

 

 

170323 (43).JPGすぐ先の見光寺〔浄土宗;1629(寛永6)年に大誉珂山が開山となり、保土ヶ谷宿 の住人で熱心な浄土宗の信者である茂平夫妻が開基となって創建〕へ。参道前の民家の桃色交じりの梅が見事。

本堂は鉄筋コンクリート造りで趣きはありません。隣りの普賢山香象院の本堂も見えるほどの近さ。

  170323 (45).JPG

反則センター交差点前に旧中橋跡の案内板。街道だった頃、今井川が横切っていてこの地に中橋があったそうです。

 

駅前を左に曲がると、保土ヶ谷駅。駅前のガストで昼食。正午を過ぎていたので約20分待ち。その間、来月の場所と日時を決定。

昼食は全員ランチ。ビールとワインを飲みながらしばし歓談。

13時をまわって、先輩達は恒例の天然温泉へ今来た道を戻り、小生は電車で帰路に着きました。

  

今回は「旧東海道 保土ヶ谷宿(日本橋から4番目で神奈川宿 160106 (14).JPGの次)(約6.5km)」を巡りました。歩行時間は約2時間。旧東海道の宿場町ということで、マンホールの蓋は箱根駅伝のランナーのデザイン。前月の神奈川宿に続き、旧東海道の雰囲気を皆で歩いて味わいました。

 

 

 

コース

スタート 五香駅→金ヶ作公園→しょうぶ公園→八柱駅前日暮公園→松戸新京成バス紙敷定期券発売所(チェックポイント)→東松戸中央公園→ゆいの花公園→串崎公園→ゴール 元山駅セブンイレブン〔歩行距離は約11km〕

 

3/25(土)晴れ。JR駅ハイ新座吉川の武蔵野線帰り道、明日が雨の予報だったので急遽、新京成電鉄の期間設定(3/16~4/20)「第64回新京成沿線健康ハイキング五香~元山)」に参加。昨年9月第60回以来。今回も日にちを選べるので便利。

170325 (5).JPGスタートは新京成線の五香駅でしたが、受付がないのでショートカット。コース途中の武蔵野線東松戸駅からスタート(10:30)。東松戸駅から東松戸中央公園までの道は3回目なので覚えていました。

 

 

交番前を右折してゆるやかな上り坂を進み、突き当たり左側 170325 (6).JPG 170325 (11).JPG東松戸中央公園園内では家族連れやグラウンドゴルフが行われていました。桜はまだ蕾の状態。

さくら通りに出て左折。右手に八柱霊園が続きます。横断 170325 (7).JPG 170325 (8).JPG歩道が無いところで渡って、霊園内へ。墓参や散歩中の人を見かけました。通りの両側は桜並木。1週間後だったら最高だったの に...。

 

170325 (10).JPG

通りを3分歩いて新京成バス松戸営業所チェックポイント定期券発売所で押印。薄紫色のバスが多数停車しています。

 

元来た道へ戻り、東松戸中央公園前を左折して間もなくゆいの花公園が左側に。「ゆいの花」は実際の花名ではなく、「花を通じて心の安らぎなどを感じても 170325 (13).JPGらえれば」という思いで、いの花という名前にしたそうです。園内の花壇には色とりどりの花がきれいに咲いていました。

 

観賞後、北総線の陸橋を越えて、市立松戸高校のグラウンド横の急坂を下ります。右側に畑が続きます。矢印が無かったので不安になりましたが、マップを確認しながらやっと東進ワールドキッズ(宿舎)に出れてホッとしました。以降は目安になる建物表示があり、間違えることはありません。途中、調整池がありました。

170325 (16).JPG

 

170325 (17).JPG 170325 (20).JPG北総線松飛台駅前を通って、高架線に沿って下を歩いてくと、崎公 に出ました。

 

公園は普通の公園で、グラウンドと奥に遊具がありました。

左折して直進すると、さくら通りに出ました。山田うどん前の信号を右折。

松戸南郵便局前の信号を左折して、広い道路に出ます。五香駅に向かって一直線。コンビニが続いてあって、自動車関係の販売店、弁当屋さんもあります。

 

1kmほど歩いて、マツモトキヨシの先を右折。二つある手前の住宅街の間の道を進むと、右側に松飛台第二小学校があり、さらに直進すると、右側に自衛隊関係者 170325 (22).JPGの使われなくなった集合住宅が数棟。ロープが張られていました。

170325 (23).JPG駅前の広い道路の横に、陸上自衛隊松戸駐屯地が鉄柵の向うに見えます。

 

細い路地を進むと、元山駅前へ。 170325 (24).JPGエスカレーターを上がって改札口前のセブンイレブンゴール(12:40)。

500mlの緑茶1本いただき、東松戸駅~元山駅までのウォークを終了。約5kmを1時間強で歩き、汗ビッショリ。ちょうど京成津田沼駅行きが来て乗車。

 

170325 (18).JPG

 

なお、道中のマンホールのデザインは松戸市内なので 矢切の渡し」。

 

 

3月25日(土)駅ハイに参加。しかし、予報で花粉が非常に多いとのことで、受付のみに。電車の座席が気持ちよくて寝過ごし、三つ先の新小平駅からあわてて引き返して、新座 170325 (1).JPG前の受付へ。

 

跡見学園女子大生が考えた新座桜ウォーク」。昨年3月にオジン隊で歩いたコースと同じでしたが、今年から手製のマップは無くなりました。毎年ゆるきゃら「ゾウキリン」の飴一つプレゼントがありましたが、今年は無し。

コースは約6km新座駅  スタート  鬼鹿毛の馬頭観音右大和田氷川神社右普光明寺右跡見学園女子大学新座キャンパス右神明神社右ふるさと新座館右新座駅  ゴール 

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その後、JR武蔵野線で約30分の吉川駅まで戻ります。

スタート受付は北口ロータリー前の観光物産館「ラッピーランド」へ。新座と同 170325 (2).JPGじく、こちらも同コース。

春の吉川・桜と伝統の技めぐり」。

 

駅前から近い最後のポイント よしかわ天然温泉ゆあみの外観 を見た後、駅南口にまわり「うなぎ」 170325 (3).JPG170325 (4).JPGの町としても有名な吉川を象徴する、「金色のうなぎ」のモニュメントだけは目に焼き付けました。

コースは約12km吉川駅右ラッピーランド スタート 二郷半用水路(さくら通り起点)右関公園右かちばし(さくら通り終点)右永田公園右沼部公園右芳川神社右延命寺右よしかわ天然温泉ゆあみ右吉川駅 ゴール 

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吉川駅からふたたび武蔵野線で東松戸駅で下車。新京成沿線ハイキングに参加するため〔ハイキングの模様は次のブログで紹介〕。

 

  170322(1).jpg

3月22日、日本では午前中から午後にかけて、WBC準決勝がアメリカ・ドジャーススタジアムで行われました。

前日行われたプエルトリコオランダも、延長の末、4対3の接戦でしたが、本日も1点を争う好ゲーム。

 

ハトちゃんは、5回からテレビ観戦。というのも、朝、チラシ配り(約80件)終了後に家に戻ったため。ポストに入れるだけですが、アパートでは空き家が結構、増えて来ていて、電気やガスメーターを確認しながら入れて行きます。花粉が非常に多いとのことだったので、マスクやメガネを着けて花粉症対策はバッチリ。

アメリカに1点リードされていましたが、菊池のホームランで追いつき、好投した菅野を引き継いだ千賀の4者連続三振で解説者も観戦者もいけると思った矢先に、さすが大リーガーの選抜軍、安打と二塁打であっという間にピンチ。

打ち取ったと思った三塁ゴロを松田がファンブルして、ホームにランナーを返してしまい、結局、この1点を残り2回の攻撃で返せずに2対1で終戦。今回も前回に続き、ベスト4止まり。

試合終了時には、ベンチで選手が涙をこらえる場面も...。

早めの昼食をとりながら応援しましたが、負けてしまいました。日本は1次・2次リーグを全勝で勝ち進みましたが、組み合わせで地元アメリカに当たったのは不運だったかも知れません。大谷選手が出場していたら、どんな結果になっていたか、残念です。

国・球場もアウェーで大変でしたが、良く頑張りました。胸を張って帰国し、この悔しさをペナントレース争いにぶつけていってほしいと思います。

 

 

19日(日)はお彼岸で、ハトちゃんは昨日から野菜約8.9㎏を届けて泊まっていました。ちょうど10時に弟夫婦が来て、母と小生を乗せて4人で町田街道から高尾駅近くの山間にある都営八王子霊園 へ。

休日で、お彼岸ということもあり、車が渋滞。それでも出足が早かったので、渋滞にはさほど巻き込まれず、比較的スムーズに霊園内の駐車場まで到着できました。途中、石材店などが並んでいて、お花を販売中。歩いて霊園に向かう人たちも見かけました。晴れて暖かくなり白いコブシの花が満開でしたが、桜は1本のみ彼岸桜(オオカンザクラ)を見かけました。

霊園の景色を眺めました。園内は、車道の脇に広大な芝生が広がり、形は同じで墓石の色、質が違 170119 (1).JPG 170119 (2).JPGう多数の墓碑が並んでいます。芝生はきれいでしたが、暖かくなって来たこともあり、雑草もところどころ目立ちます。今回も小鎌を忘れてしまいました。

 

すでに墓参に来て、きれいな花が飾られている家もありますが、1/5程度。

膝と腰の手術をし足が悪く杖をついている92歳の母の手を引き、弟夫婦が折りたたみの小さいイス、線香、お花、供え物などを持って、墓前へと。 170319(3).gif

父が満80歳で16年前に他界して以降、母は実家で一人暮らしを続けていて、春分・秋分の日6月の命日に、墓参を続けています。

亡父の好きだったビール、お菓子、おはぎなどを供えて話を...。いつもは母と弟の3人ですが今回は弟の奥さんも来て賑やかに報告。

は、1年1年が心配ですが、歩くのに不自由があるのと耳が遠くなったぐらい。軽い認知症が見られますが、こちらの言うことも十分に理解できている状態。デイサービスに週2日行ってから、また元気になっています。

30分ほどの墓参。帰りは、車の混雑が多くなり、霊園方面へ渋滞が続きました。早めに引きあげて正解。

 

帰り道の途中にある和食レストランとんでん」で昼食。四方山話に花が咲きました。近くの「村内ホビー」(ホームセンター)で手芸用のエナメルと筆を買って、小生のみ西八王子駅まで送ってもらい別れました。

 

 

3月18日(土)駅ハイ参加。しかし、予報で花粉が非常に多いとのことで、受付のみに。運賃を安くあげるため、東京メトロを利用して、東西線西船橋から南北線飯田橋で乗り換えて四ツ谷駅に出ました。出口を赤坂口に出てしまい、麹町口を経て四ツ谷口へ。受 170318 (2).JPG付には女子学生が3名。途中 170318 (1).JPG、横断歩道前に今回の学生駅ハイの上智大学がありました。写真右側に聖イグナチオ教会の建物が写っています。

 

上智大生が考えた春のおさんぽコース」。

 コースは約8.5km四ツ谷駅  スタート  聖イグナチオ教会右迎賓館赤坂離宮右平河天満宮右国立演芸場 園芸資料展示室右伝統芸能情報館右新宿区立新宿歴史博物館右四ツ谷駅  ゴール 

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その後、JR中央線快速で一つ目の新宿駅へ。

スタート受付は東口忘れ物受付所の傍でしたが、わかりにくい場所でした。新宿駅構内の雑踏も久しぶり。幸い、近くにはとバスの案内所があったので、パンフレットをいただきました。

170318 (3).JPG

水の街新宿から神田川・善福寺川沿いを歩く」。

コースは約13.5km新宿駅 スタート 東京水道発祥の地右十二社 熊野神社右芸能花伝舎右淀橋右成願寺右東円寺右杉並区立郷土博物館右都立和田堀公園右大宮八幡宮右都立善福寺川緑地右角川庭園・幻戯山房(すぎなみ詩歌館)右荻窪駅 ゴール 

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手続き後、駅中央東口から入って京王線改札口から準特急高尾山口行きでめじろ台駅へ。

昼食は駅前のバーミヤンで。休憩後、実家でデイサービスから帰って来る母を待ちました。明日はお彼岸の墓参り。

 

コースは;京成稲毛駅  スタート右稲毛浅間神社右愛新覚羅溥傑ゆかりの家右旧神谷伝兵衛別荘右民間航空発祥の地碑右稲毛海浜公園右民間航空記念館右稲毛の浜右三陽メディアフラワーミュージアム ゴール

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                「稲毛浅間神社から民間航空発祥の地を歩く(約9km)」

 

千葉健生病院健康友の会主催の健康ウォークは、曇りの中、15名が参加し、3月13日に開催。

昨年11月1日開催でしたが雨で中止になった同じコース。9時に京成幕張駅に集合。

電車に乗って「京成稲毛」駅へ。

 

一番後部の車両から改札口を出ます。駅を降りて南に向かって直進。

 

左正面に森が見えて来て、稲毛浅間神社〔安産と子育ての神といわれる〕の裏手の上り 口。坂と階 170310 (1).JPG 170310 (2).JPG151006 (1).JPG段を上がって、本殿前 へ。

鮮やかな朱塗りで、新装されてきれい。 

境内には小さな神社や稲荷がいくつもありました。

 

 

平日で偶然、駐車場、参拝客は一人もいない珍しい日時。参賀や七五三の頃には、駐車場も停められないほど参拝客で溢れるのにウソみたい。

浅間神社の鳥居を通って間もなく、「千葉市ゆかりの家・170310 (4).JPGいなげ―愛新覚羅 溥傑仮偶 」が車の多い国道14号線千葉街道)を一つ道を隔てた坂の途中に。

月曜休館で屋敷の手前まで。チラシで小生が説明。閑静な環境。

 

このあたりは、海を埋め立てる前は、見晴らしが良く別荘が多かったそうです。

国道に戻ると、道路の反対側に小ぶりの鳥居が観え151006 (9).JPGす。埋立て前は、宮島の厳島神社のように海水に浸かっていたそうです。

 

 

釣りの上州屋を過ぎて間もなく、左手にある石段を上ると「旧神谷伝兵衛 稲毛別荘・千葉市民ギャラリー」へ。こちらも休館でしたが、駐車場横の石段を上がって、庭から建物と庭を垣間見ました。

木々に囲まれて洋館が建っています。

170310 (5).JPGこの別荘は、千葉市で最古の鉄筋コンクリート建造物で、現在、国登録有形文 化財になっており、広い芝生と庭園があります。別荘は入場無料で、「日本のワイン王」の異名を持つだけに洋館の贅沢な建造物やインテリア、2階の和室も古風の中に、欄間の木彫などかなり凝っています。入館できず残念。東京・不忍池にある「岩崎邸」には及ばないものの、明治期の実業家の成功を裏付けるに十分なもの。

 

また、隣が千葉市民ギャラリー

  170310 (7).JPG

交通量が多い国道を千葉方面に向かい手押しの信号で横断。マンション裏の松林が立ち並ぶ遊歩道を、浅間神社前まで戻ります。途中に、松ぼっくいがたくさん落ちていました。昔は海岸だったことを裏付けています。

 

稲岸公園内の広い芝生の中へ。芝生の感触が気持ちよい。ここで遊歩道沿いに寄り道。お寺のような和風 170310 (15).JPG建築で白壁の目立つ建物は、1989年、日本勧業銀行本店として作られた旧千葉市役所庁舎。現在は東京トヨペット本社〔国の登録有形文化財〕が見えました

 

 

細長い園内には川崎製鉄が以前作っていた蒸気機関車があり、その先、公園の南に尾翼をシンポライズしたモニュメント「民間航空発祥の地碑」が建っています。1912(明治45)年、遠浅の 170310 (10).JPG海岸を利用 170310 (9).JPG してこの地に滑走路他を作って、民間航空が飛び始めたそうです。

稲毛で民間航空が発祥して、その後、台風で壊れて、一時、元の谷津遊園に移転。また幕張本郷の14号線沿いにも滑走路や格納庫を移して飛んでいたそうです。

 

それから高洲市民プール前を通り稲毛海岸に向かって歩いて小さな公園で、今後のコースを相談。メンバーは「歩きたい」が多数だったので、高洲、磯辺団地の間の浜 170310 (12).JPG田川沿いの並木道を、ひたすら2.5km直進。いろいろな住宅と樹木や花々を観賞しながら歩きましたが、単調なので、ちょっと大変でした。

 

 

高磯一の橋から三の橋まで進むと、やっと湾岸の道路へ。7つの橋を過ぎました。ちょうど右正面がヨットハーバーのある地点。ハーバー内のヨットは、ほとんど海に出ていました。公園入口では、ソテツの並木があって、面積が広い、稲毛海浜公園〔日本初の人工海浜公園〕へ。

左折して間もなく、園内に入ります。

 

正面右に、民間航空記念館〔稲毛の干潟を利用して、わが国初めての民間飛行場が開設され多くの民間飛行家たちが活躍。当時活躍した複葉機鳳号)が復元 151006 (29).JPGされたのを機に記念館を建設し、現在では飛行機の歴史や大空への夢を育むため、展示施設の管理や紙飛行機工作教室などのイベントを行っている〕へ。ガラス越しに展示されている飛行機を確認のみ。

 

稲毛記念館前を通って、芝生広場へ。中央に枯れたパンパスグラス(西洋ススキ)がありました。 珍しいことに、広い場所に誰もいない貸切状態。 

170310(16).JPG広場を横切り、親水公園の敷石を渡って、花壇で飾られた花時計前を通って旧花の美術館(現在は三陽メディアフラ ワーミュージアム)横のハーブガーデン他、冬の花が咲いている花壇へ。

 

フラワーミュージアム前の花壇だけ観賞。最後は稲毛の浜から東京湾を眺めてゴールとなり、完歩証を参加者に渡して解散。昼食を持参した人は、ベンチで昼食。即帰宅する人も...。

路線バスは、平日正午過ぎからの運行で、JR京葉線「稲毛海岸」駅または京成線「京成稲毛」駅、終点はJR「稲毛」駅へ向かいました。

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今回は、実施日が月曜になってしまい、美術館などほとんどのポイントは休館。チラシ作成後に気づいたので変更できず、参加者には「歩くだけのウォーク」になってしまったことをお詫びいたします。

来年度は早めに企画し、ノルマの年3回と月曜を外すようにします。

 

PICT5926.JPG利根川下流入江に位置する小江戸「水の郷 佐原」は、舟運で栄えた商都・交易都市で自然と文化に恵まれています。町の名所や寺社・史跡はもちろん、小野川ほとりの風情のある商家群は必見。昔にタイムスリップしたようなノスタルジーを感じます。

 

コースは;佐原駅右駅前観光案内所  スタート 道の駅・川の駅 水の郷さわら右町並み(さわら雛めぐり)右水郷佐原山車会館右観福寺右東薫酒造右伊能忠敬記念館右伊能忠敬旧宅右佐原駅  ゴール

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ハトちゃんは3月12日(日)、駅ハイ(さわら雛めぐり) 約8.5kmへ。

京成大久保駅から京成成田駅へ出て、徒歩3分ほどでJR成田駅へ。駅構内がいつもと違って人が多い。成田駅から成田線三つ目の「下総神崎の酒蔵まつり」が開催され、臨時特急や乗った電車は観光客で大混雑。当駅でほとんどの人が降りてしまい、その後は1車両に10人程度。佐原駅へ到着(9:11着)。 170312 (39).JPG 170312 (2).JPG

天候は冬晴れで風も無く絶好の行楽日和。ただし、花粉がピークという予報で、マスクを着けてのウォーク。 

 

南口からすぐの観光案内所で受付をすませてスタート170312 (3).JPG コースマップでは北口方面の香取市役所から道の駅・水の駅 水の郷さわら〔全国初の「道の駅」と「川の駅」が一体と なった複合施設〕をまわるようになっていました。

 

 

妻の実家が小見川ということもあって何度も来ていたのでショートカット。2年前にまわり忘れた諏訪神社佐倉公園に向かいました。

170312 (6).JPG170312 (7).JPG 170312 (9).JPG神社の鳥居をくぐって直進。佐原(諏訪)公園内に、見上げる高さで伊能忠敬銅像が建っていました。

  

 

その後、石の大鳥居まで戻って県道55号線・356号線を右折。市街地に入り、町並み交流館へ。

隣りに、赤レンガの三菱館三菱銀行佐原支店旧本館 )〔1914(大正3 170312 (13).JPG 170312 (20).JPG)年建築で、英国から輸入したレンガを使った洋館〕が建っています。

 

170312 (11).JPG 170312 (14).JPG小野川が流れる忠敬橋をめざします。

 

橋を渡り、しばらく直進して左手に大きな木が聳える八坂神社。境内の一角にある水郷佐原山車会 170312 (19).JPG 170312 (15).JPGへ。「祝! ユネスコ無形文化遺産」の垂れ幕が下がっています。駅ハイ参加者は無料。

入館すると、大きな山車2台と鯛の飾り物、ビデオシアターもあり、2階のガラス越しに山車が上から眺められます。絢爛豪華な山車が観られ、また佐原の祭りのビデオや廊下の写真や道具から、本物の迫力と熱気を体感できました。神社にも参拝。この先の観福寺は二度行っているのでカット。

 

 

170312 (26).JPG忠敬橋まで戻って、小野川に沿って、あまり垂れ下がっていない越しに日本遺産認定国の重要文化財〕になった建造物群保存地区へ。近くに舟の発着場があり、舟が...。古い商家の町並みが立ち並びます。 

道の両側には、ポスターやいろいろな雛かざりが店頭に並べられていましたが、小規模。

途中、川沿いに造り醤油屋 正上」がありました。

 

桶橋手前の伊能忠敬旧宅〔50歳まで住んでいた〕へ。2011.3.11大震災の修復工事が終わり、旧宅内を見学。ガイドさんもいます。旧宅の立派さと、敷地の広さ、銅 170312 (23).JPG 170312 (24).JPG 170312 (22).JPG像と横の「この一歩から 測量の日」石碑や家訓の碑など、大変参考になりました。 

続いて、桶橋(農業 用水の落ちる音から ジャージャー橋ともいわれている) を渡って、伊能忠敬記念館へ。  

 

記念館も特典で無料で入館。忠敬が豪商の当主として 商才を発揮した前半生と、隠居して日本地 170312 (28).JPG 170312 (30).JPG図作成に捧げた後半生を紹介。関係資料は国宝に指定されています。当時の日本大地図と測量道具の展示を間近に見ることができました。現在の地図とほとんど正確な整合性があるのは、精密な道具の無い江戸時代に、いかに苦労して作製したか計り知れません。館内は撮影禁止。

 

170312 (32).JPG

記念館を出て裏手にまわると、ちゃちな伊能忠敬像象限儀あって、観光客が記念撮影中。

 

駐車場〔3/18「小江戸さわら雛めぐり会場」になる〕横の細道を歩いていると、170312 (33).JPGと書いてあった表札〔清宮秀堅旧宅 母屋・・・1765(明和2)年築、土蔵・・・1869(明治2)年築。佐原出身の江戸時代の文人〕があり、有形文化財の黒塗りの塀と母屋があり、門前に歌碑がありました。

 170312 (35).JPG

直進し、右手に東薫酒造があり外観のみ。

 

その後、県道356号線から朝来た東通り商店会を戻って、佐原駅ゴール。構内には、観光案内チラシやベンチがあって休憩できる観光センターがあって、駅の待合室兼務になっています。

 

佐原駅(11:11発)に乗って、帰りは田園風景を車窓から眺めて12時半過ぎに帰宅。風が吹かなかったので、花粉症の症状はほとんど無しで良かったです。

 

 

コースは;武蔵溝ノ口駅右New Days  スタート 久本薬医門公園右久本神社右茂岳山増福寺右川崎市民プラザ右養福寺右影向寺・影向寺遺跡右橘樹郡衙跡右江川せせらぎ遊歩道右武蔵新城駅  ゴール

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3月9日早朝、八王子の実家へ野菜を届けて、その足で立川駅から南武線に乗って、武蔵溝ノ口駅へ(9:39着)。

「南武線(川崎~登戸間)開業90周年記念―春を感じて歩く~川崎たちばな今昔物語」(約7.5km)の駅ハイ。

武蔵溝ノ口駅は大きく発展した駅になっていて、今春にも再生可能エネルギー(水素)を活用した「エコステモデル駅になるそうです。

 

スタート場所はわかりづらく、エスカレーターを下って南口にあるNew Days (JR関係店舗)内。

駅前ロータリーの左側が近かったのですが、ハトちゃんは右側から少し遠回りして左折。後からスタートした女性ウォーカーのあとに続いてウォーク。

 

間もなく左手に久本薬医門公園。公園内に白梅が 170309 (3).JPG 170309 (1).JPG咲いていて、公園中央に蔵、奥に門がありました。

 

続いて間もなく左側に久本神社。神社の鳥居の道を進みま 170309 (4).JPGしたが、正しくは広い道路から入ります。

 

ここで小生が前に。美容室を過ぎて急坂を上 170309 (7).JPGって行くと、右側に久本公園の表示。出入口に長屋門がありました。

170309 (8).JPG

ここからはマップを見ないと迷子になります。マップの写真付きの曲がる場所を確認しながら進みます。すると、堂坂前で男性ウォーカーが立ち往生。

写真を見て、細い階段になっている堂坂を一緒に下りました。

細い道が多く、矢印も無いので、その後も迷いそうなので、一緒に歩くことに。一人では絶対迷う難コース。

 

崖の外壁に沿って歩いて行くと、やっと次のポイント茂岳山増福寺がわかって、参 170309 (10).JPG 170309 (9).JPG拝。

矢印があって歩くと、墓地の中を通って隣りの道へ。丘の 170309 (13).JPG上に出ると、畑・農園が続いています。

下って少し広い舗道に出て、新作小学校の脇を通って市民プラザ通りに出ます。清掃工場の煙突が見えます。

 

 

川崎市民プラザhttp://www.kawasaki-shiminplaza.jp/ に二人で入園。男性ウォーカーはプラザ内に立ち寄り、ここでいったんお別れ。

小生は、東門への近道を進みました。日本庭園は閑静 170309 (16).JPG 170309 (14).JPGで散歩には最適。数人と出会いました。東屋もあります。

東門へ着くと、突然、腹痛。幸い公衆トイレがあって借用。朝から腹の調子が悪かったのが原因。

 

170309 (18).JPG 170309 (19).JPG通りに出て右折して直進。間もなく左側に養福寺の門。外観のみで先を急ぎました。すると道の反対側に先ほどの男性ウォーカー。第3京浜道路高架下をくぐる時、小生は先の信号を考えて右側をそのまま。曲がり角の信号で抜きました。

 

中華そば店を過ぎ橘小学校横を通って急坂を上ります。右側の紅白梅林が満開。汗が噴き出て来ました。

5分ほど歩いてやっと上の道路に出ると、右側に大きな樹木。山門はぐるっとまわって反対側。影向寺・影向寺遺跡に到着。大イチョウは樹齢600年以上の大木で「乳イチョウ」と呼ばれています。

  170309 (22).JPG 170309 (24).JPG 170309 (25).JPG

影向寺は、7世紀末に創建された南武蔵最古の寺院。現在の本堂である薬師堂は1694(元禄7)年再建されました。

 

影向寺遺跡は、影向寺の地下に眠る郡衙に隣接して造営された古代寺院跡。本堂の下層に金堂の基壇が見つかっています。 170309 (27).JPG

ちょうど近くの保育園の保母さんと園児がいっぱい。「溝ノ口から歩いて来た」ことを話すと、「頑張ってネ」と多くの園児から励まされました。ゆっくり境内を見ていると、遅れて来た先ほどのウォーカーと鉢合わせ。

ここで小休止。86歳で府中から来ていて、今回で今年度60回目の駅ハイになることなどを聞きました。

「写真を撮る」ということで、「またどこかで会える日を楽しみに」と言って、別れました。

 

その後、住宅地、畑の横を抜けて、橘樹郡衙跡へ。古代日本の天皇を中心とした強力な国づくりの 170309 (29).JPG 170309 (31).JPGために各地に国府(国衙)、郡府(郡家)を置いた遺跡で、租税を納めた倉庫群である正倉院の遺構が見つかっているそうです。現在は盛土をして遺構の一部を保護しながら、地域のレクリエーションの場として活用されているとのこと。

 

その後は、坂を下って千住の交差点に出ました。下りで良かったのですが、上り坂を自転車を押して来る住民に会いました。毎日、大変そうです。

 

厳川橋まで直進して左折すると、武蔵新城駅近くまで江川せせらぎ 170309 (36).JPG 170309 (34).JPG遊歩道(670m)が続いていて、歩行者専用の散歩道になっていました。

 

170309 (38).JPG途中、公園があり、あいもーる商店街へは立ち寄らずに真っ直ぐ進むと、武蔵新城駅ロータリーでゴール(12:00)。約7.5kmをカットせずに完歩。

 

 

帰りは、南武線川崎行きで武蔵小杉駅で乗り換え。総武快速・横須賀線への乗り換え通路が長く、東京メトロの大手町駅以上の長さ。歩く歩道も数ヵ所。総武快速・横須賀線のホームに出てホッとしました。武蔵小杉駅周辺は、高層ビル群が増えて、小生が就職した頃に比べると見違えるほど一変しました。

 

 

コースは;京成稲毛駅  スタート右稲毛浅間神社右愛新覚羅溥傑ゆかりの家右旧神谷伝兵衛別荘右民間航空発祥の地碑右稲毛海浜公園右民間航空記念館右三陽メディアフラワーミュージアム ゴール

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                「稲毛浅間神社から民間航空発祥の地を歩く(約9km)」

 

ハトちゃん千葉健生病院健康友の会主催の2016年度2回目になる健康ウォーク(3/13実施)の下見に行って来ました。参加者は17名の予定。

同コースは昨年11月1日開催でしたが雨で中止になったため、今回リベンジ。

3月10日、冬の暖かい陽射しに恵まれ、友の会事務局からスタート

電車に乗って「京成稲毛」駅へ。

一番後部の車両から改札口を出ます。駅を降りて南に向かって直進。

 

左正面に森が見えて来て、稲毛浅間神社〔安産と子育ての神といわれる〕の裏手の上り 口。坂と階 170310 (1).JPG 170310 (2).JPG151006 (1).JPG段を上がって、本殿前 へ。

鮮やかな朱塗りで、新装されてきれい。 

 

 

平日なので、駐車場、参拝客は少ない。参賀や七五三の頃には、駐車場も停められないほど参拝客で溢れます。本殿下のトイレを確認。下見はトイレと休憩場所を覚えていないと当日あわてます。

個人的には、妻が身重のときと、子どもが七五三で来た思い出が甦りました。

 

浅間神社の鳥居を通って間もなく、「千葉市ゆかりの家・170310 (4).JPGいなげ―愛新覚羅 溥傑仮偶 」が上り坂途中にあります。151006 (8).JPG

車の多い国道14号線千葉街道)を一つ道を隔てたところで、閑静な環境。

 

溥傑は1937(昭和12)年、この地に半年ほど住んでいました。木造平屋建ての質素な建物で、邸内にゆかりの写真や資料が置かれています。本も置かれていて、当時の状況が読み取れます。このあたりは、海を埋め立てる前は、別荘が多かったそうです。

中国清朝のラストエンペラー 溥儀の実弟である溥傑夫妻の半年ほど住んでいた、風情ある建物や当時の資料・写真、庭など。女性ガイドさんの説明付き。151006 (9).JPG

国道に戻ると、参道前の大鳥居があり、道路の反対側に小ぶりの鳥居が観えます。埋立て前は、宮島の厳島神社のように海水に浸かっていたそうです。

 

 

釣りの上州屋を過ぎて間もなく、左手にある石段を上ると「旧神谷伝兵衛 稲毛別荘・千葉市民ギャラリー」へ。

前に国道が走っているのに、木々に囲まれているのと、洋風な建物のせいで、閑静な雰囲気に浸れました。

170310 (5).JPGこの別荘は、千葉市で最古の鉄筋コンクリート建造物で、現在、国登録有形文 151006 (13).JPG 化財になっており、広い芝生と庭園があり、池には錦鯉の泳ぐ姿も。別荘は入場無料で、「日本のワイン王」の異名を持つだけに洋館の贅沢な建造物やインテリア。2階の和室も古風の中に、欄間の木彫などかなり凝っています。東京・不忍池にある「岩崎邸」には及ばないものの、明治期の実業家の成功を裏付けるに十分なものでした。

 

また、隣の千葉市民ギャラリーでは、企画展は2月初旬で終わっていました。

  170310 (7).JPG

交通量が多い国道を千葉方面に向かい手押しの信号で横断。マンション裏の松林が立ち並ぶ遊歩道を、浅間神社前まで戻ります。途中に、松ぼっくいがたくさん落ちていました。

 

稲岸公園内の広い芝生の中へ。芝生の感触が気持ちよい。

 

細長い稲岸公園の中央に、川崎製鉄が以前作っていた蒸気機関車があり、また、お寺のような和風 170310 (15).JPG建築で白壁の目立つ建物は、1989年、日本勧業銀行本店として作られた旧千葉市役所庁舎。現在は東京トヨペット本社〔国の登録有形文化財〕が見えました。

 

公園の南に尾翼をシンポライズしたモニュメント「民間航空発祥の地碑」が建っています。1912(明治45)年、遠浅の 170310 (10).JPG海岸を利用 170310 (9).JPG してこの地に滑走路他を作って、民間航空が飛び始めたそうです。

稲毛で民間航空が発祥して、その後、台風で壊れて、一時、元の谷津遊園に移転。また幕張本郷の14号線沿いにも滑走路や格納庫を移して飛んでいたそうです。

 

それから高洲市民プール前を通り稲毛海岸に向かって、高洲、磯辺団地の間の浜 170310 (12).JPG田川沿いの並木道を、ひたすら2.5km直進。いろいろな住宅と樹木や花々を観賞しながら歩きましたが、直線で単調なので、当日の高齢者にはちょっと大変そう。途中、京葉線の高架下を通過。

 

高磯一の橋から三の橋まで進むと、やっと湾岸の道路へ。ちょうど右正面がヨットハーバーのある地点。公園入口では、ソテツの並木があって、面積が広い、稲毛海浜公園〔日本初の人工海浜公園〕へ。

左折して間もなく、公園内に入ります。

 

正面右に、民間航空記念館〔稲毛の干潟を利用して、わが国初めての民間飛行場が開設され多くの民間飛行家たちが活躍。当時活躍した複葉機鳳号)が復元 151006 (27).JPG 151006 (29).JPGされたのを機に記念館を建設し、現在では飛行機の歴史や大空への夢を育むため、展示施設の管理や紙飛行機工作教室などのイベントを行っている〕へ。

飛行機が展示されていて、また当時の様子をあらわした写真・資料なども展示されています。

 

稲毛記念館前を通って、芝生広場へ。中央に枯れたパンパスグラス(西洋ススキ)がありました。 保育所にいた頃の息子と娘をこの公園に連れて来て遊んだ日々を思い出しました。

 

 

170310(16).JPG広場を横切り、親水公園の敷石を渡って、花壇で飾られた花時計前を通って旧花の美術館(現在は三陽メディアフラ ワーミュージアム)横のハーブガーデン他、冬の花が咲いている花壇へ。

 

フラワーミュージアム前の花壇だけ観賞。最後は稲毛の浜から東京湾を眺めてゴールとなり、完歩証を参加者に渡して解散の予定。

路線バスは、平日正午過ぎからの運行で、JR京葉線「稲毛海岸」駅または京成線「京成稲毛」駅、終点はJR「稲毛」駅へ向かいます。

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今回は、実施日が月曜。チラシ作成後に気づいたので変更できず、参加者には「歩くだけのウォーク」になってしまうことをお詫びいたします。

来年度は早めに企画し、ノルマの年3回と月曜を外すようにします。

 

コースは;東神奈川駅  スタート 能満寺右真宗大谷派 良泉寺右本陣跡右宗興寺右権現山(幸ヶ谷公園)右大網金比羅神社右台町の茶屋右上台橋右高島山公園右高札場右熊野神社右東神奈川駅  ゴール

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神奈川宿は、東海道五十三次の3番目の宿場。地名が県の名前や区の名前の由来になっています。関東大震災と第二次世界大戦により、歴史的遺産の多くを失い、当時の面影は一部が残っているもののほとんど失われていますが、今回、駅構内に歌川広重の「神奈川 台之景」のパネルを設置。

  

2月24日(金)オジン隊駅ハイ 東海道五十三次神奈川宿歴史の道散策(約6km)」に参加。

予定では23日でしたが、天候悪化を避けて初めて延期。ハトちゃんは、横浜線の終点で便利だったのでもう一晩、実家に泊まって八王子から出発。東神奈川駅へ。

170224 (1).JPG前から3人でスタート(10:00)。天候は風が少しありましたが、冬晴れ。ひと月ぶりに雑談をしながらマップに沿ってウォーク。

 

まず、ぺデストリアンデッキを進むと、突き当りが京浜 170224 (3).JPG 170224 (2).JPG急行の仲木戸駅。横のエスカレーターを下って通りを直進しマンション手前を右折。神奈川小学校庭脇を通って間もなく、最初のポイント 能満寺〔高野山真言宗:1299(正安元)年鎌倉時代の創建〕へ。

 

その後、京浜急行線路沿い近くの真宗大谷派 良泉寺〔本願寺第8世蓮如上人に帰依した蓮誉が開基。4世良念1648(慶安元)年の代に、現在地に移転〕 170224 (4).JPG 170224 (6).JPG 170224 (7).JPGへ。境内で目を惹いたのは、白梅が満開。樹木や芝生の手入れが行き届いていて、職人さんと立ち話。木々の種類や剪定の仕方が参考になりました。

 

 

幅広の国道15号線に出ると、騒音と排気ガスが流れて来て、あまり歩きたくないコース。

道の上方には首都高速神奈川1号横羽線が通っています。

 

マップでは交通量の多い道を歩くようになっていましたが、相談して東神奈川駅前通りの交差点から一本入った静かな道を選択。

170224 (10).JPGすると、最後のポイントである熊野神社〔金蔵院を創建した醍醐三宝院の始祖勝覚僧正が、1087(寛治元)年、権現山(幸ヶ谷山上)に創建したと伝えられて 170224 (12).JPGる〕前を通過。

滝の川畔に出て、滝の橋まで戻りました。本陣跡は確認できず。

 

 

宗興寺〔曹洞宗:創建年代は不詳。伊豆海島風土記によると1440(永享12)年に神奈川宿開塔山宗興寺から住職を請うて八丈島宗福寺を創建したとある〕には、「ヘボン式ローマ字」として有名なヘボン博士の記念碑があります。170224 (13).JPG

幸ヶ谷小学校横の急坂を上って交差点を左折すると、ジャージ姿の女子高生を見かけたひときわ高くなった丘が権現山・幸ヶ谷公園。現在は削り取られて丘になっています。

170224 (15).JPG

公園脇を進むと、旧街道の宮前商店街へ。お世辞にも商店街というには程遠い。お店が少なくひっそりしています。入口には宮前商店街のアーケードあり。

 

京浜急行の神奈川駅前から交通量が一段と多い国道1 170224 (16).JPG号線の青木橋の交差点へ。信号が変わるのが遅く、新座駅ハイでの跡見学園女子大前の長い信号を思い出しました。渡って左に進み、次の斜めに入るゆるやかな上り坂(旧東海道)台町を進みます。

 

旧東海道(最近では、旧東海道がどこを通り、宿場町の様子を知る人が少なく 170224 (17).JPGなって来ている)を進み、 東横フラワー緑道〔東急東横線の地下化により生じた東白楽駅-横浜駅間の線路跡に横浜市によって整備された全長約1.4kmの緑道。高島山トンネルを抜けて台町の坂道を横断した終点〕と東海道の看板。街道だったので、寺社が多いのも神奈川宿の特徴。

さらに、大きな鳥居がある大網金比羅神社は外観のみ。

 

途中に1863(文久)年間創業以来旅籠で、現在は料亭・割烹の田中家の建物 170224 (18).JPG台町の茶屋〔江戸時代は街道が賑わって茶屋が多かった〕のが記されていました。

分岐の角には、神奈川台の関門跡〔神奈川宿の西側の関門跡〕の碑が立っていました。

 

170224 (19).JPGそのまま直進し、坂道を下ると、上台橋。かつては潮騒が聞こえる海辺だったところで、切り通しの道路ができて、その上に架けられたそうですが、現在は道路が走っているだけの普通の橋。 170224 (20).JPG

マップの裏にある橋の由来を読んでから引き返すことに。神奈川台の関門跡を左折して上り坂。

 

ここで、坂道の話から隊長が小説「陽のあたる坂道」(石坂洋二郎)の映画ヒロイン 芦川いづみの知的美人を絶賛。メンバーから本間千代子吉永小百合など、そして大きく変わった和泉雅子の話まで及びました(笑)。

 

  170224 (21).JPG

右の急坂を上り、平らになったところを少し行くと「神奈川県私学会館」の建物。元職場の近くにもあった懐かしい響き。右折して左手に高島山公園〔鉄道用地の埋立てに 170224 (22).JPG 170224 (23).JPG尽力した実業家、高島嘉右衛門がこの高台に居を構えた〕へ。横浜市神奈川区の景色が見渡 せますが、低いので手前の雑木林や住宅も視界に入ります。

 

 

その先の急坂を下ると、右側に宙に浮くような感じの約10mの高架柱上に本堂を新築した三行寺

間もなく左側に本覚寺。一昨年の「神奈川宿領事館跡めぐり」を思い出して立 170224 (24).JPG 170224(35).JPGち寄りました。

やはり、門前にアメリカ領事館跡の表記あり。寺は一段高いところにあって、境内に入ると参詣者も数人いました。帰りは山門前の石段を下りて、青木橋の交差点へ。

 

 

青木橋を渡って、 東神奈川駅へと向かいます。京浜急行の線路を越えずに兼子隊長が選んだ道の風景に見覚えがありました。京浜急行の高架下を戻ると、間もなく慶運寺フランス領事館跡)の前へ。通称、浦島寺と呼ばれ浦島伝説史跡名所の一つ。浦島太郎が竜宮城に行った 際、乙姫様からいただいたという菩薩像などが伝わっているそうです。

ここで、浦島太郎が竜宮城で約300年も快楽の世界170224 (34).JPG興じていた生活に対 170224 (33).JPG 170224 (32).JPGして「ハーレム状態で男としてうらやましいが、楽しいことが続き過ぎると、結局、最後はダメになる」など、大いに話が盛り上がりました。

 

マップには通りの途中に、高札場の表記がありましたが、近道してカット。 

 

ゴールは今年度から無かったのですが、駅ビルのCIAL PLAT3階の「大戸屋」で昼食のランチと生ビールを飲みながら次回の打ち合わせで1時間。マップ裏のドリンクサービスは見落として残念。兼子さん遠藤さんは、徒歩で近くの天然温泉へ。

ハトちゃんは自宅へ直行。14時半過ぎに帰宅。

今回は冬のウォーク6kmと距離が短かったものの約2時間で完歩しました。

 

近年、花粉症は国民病ともいわれて、全国民の30%に達しています。原因は、現代の環境汚染や、都会のコンクリートジャングルなど。さらに、育ったスギを伐採できない農林業の衰退なども考えられます。花粉が飛ばない改良スギも植林中ですが、まだ圧倒的に従来のスギが生育しています。

170305(2).jpg今年の花粉予報は、例年比でみると、東北地方と関東地方でやや少なく、北海道では非常に少なくそのほかの地域では例年並みか例年を上回るとのこと。

スギ花粉の飛ぶ量が昨年の倍以上ともいわれてます。すでに2月上旬から飛び始めていて、毎日の天気予報でも花粉情報が報じられています。専門の花粉情報サイト「花粉なうhttp://www.kafun-now.com/ もありますので便利になりました。

 

3月に入って、急に飛散が増えて、悲惨な状況に。ハトちゃんも、最近、鼻がムズムズして、ウォーキング時に鼻水が出始め、鼻が詰まって、目が少し充血気味です。3月5日に田舎での野菜収穫時は大変でした。 170306(1).jpg

雨の日は、飛ぶ量が少ないので助かりますが、雨上がりの晴れて風の強い日最悪。この時期、マスク等の防御対策は当然ですが、それでも症状が現われてしまうと、夜も十分に眠れなくなります。この時期(2~4月)はポケットティシュが手放せなくなり、使用する量も増大。花粉対策で気を使います。

 

八王子に住んでいた頃は、高尾山のスギ林の影響で、症状が顕著で、眠れない日々もあり、花粉症で仕事を休んだこともありました。外に干したシーツに、薄黄緑色の花粉が見えることも。30年前は、マスクも性能が悪く、今のような嘴型のマスクをする人は少ない状況でした。

最近では、この季節、電車内の座席の半数近くは、マスクをかけている光景が見られます。時に、くしゃみを連発する人も。重い症状の人は本当にかわいそう。

 

千葉県に移り住んで以来、症状は幾分少なくなりましたが、

 1.外出時は、メガネ帽子(野球帽のような、つばの広いもの)、マスクの着用

 2.外出後、玄関の外で服をはたくうがい鼻をかむ顔を洗う

 3.洗濯物を外に干さない

 4.基礎体力をつけ体質改善睡眠不足に気をつけ、疲れをできるだけ残さない。

 5.予防対策として、早めに花粉アレルギー緩和薬を飲むこと。

 

これらを実行していると、まぁ、症状は軽くてすみますが、それにしても憂鬱な時期がやって来ました! 早くゴールデンウィークが過ぎて欲しい!

 

 

3月3日(金)。天候は快晴。

八王子の実家へ帰る途中、拝島駅へ(9:39)。一番安い運賃は東京メトロと西武新宿線の乗り継ぎでしたが、今回は乗換回数と時間を考え、JRで行きました。改札口前通路にはステンドグラスの作品。10時受付場所の準備は5分前からで、参加者は並んでい 170303 (2).JPG 170303 (1).JPGません。ちょっと戸惑い、不吉な前兆。受付後、北口へ。マップを見ると日光橋先のコンビニの横から玉川上水遊歩道へとなっています。

ウォーカーの誰かが「わかりにくいコース」という声を聞きましたが、目の前にコンビニがあったのと女性二人が前を歩いていたので付いて行くことに〔結局、コンビニを勘違い〕。

 

170303 (4).JPG玉川上水の川面は、上から眺めると結構き 170303 (3).JPGれいでした。遊歩道には桜並木があり、数本道路上に出ていて、「注意」の表示が。

マップでは国道16号線をくぐることになっていましたが、次の信号は平坦なところに。今回は、実家のある八王子市で戸籍謄本(妻と娘のパスポート申請に必要)を取りに行くことが主目的だったので、最初のポイント日光橋公園までと決めていました。おかしいので引き返すことに。後続のウォーカーもこの道を数人進んでいました。

駅前で地元の人に聞くと、日光橋と思っていたのは平和橋で、向かって左に曲がるのが正解。そういえば進行方向左側に玉川上水があった間違いに気づかず。

 

拝島駅ハイ初開催。最初だけでも案内矢印が必要ですネ。いつでもコー 170303 (6).JPGになると、一日イベントと違い案内人が立っていません。

八高線のホームから、日光橋公園のアーチが見えたので、次回、八王子に来る際、もう一度チャレンジしようと思います。

 

コースは約9km拝島駅 スタート 日光橋公園右ベースサイドストリート右福生アメリカンハウス右くるみふっさ(観光案内所)右下の川緑地せせらぎ遊歩道公園右金堀公園右ほたる公園右富士見公園右多摩川河川敷右明神下公園右熊川神社右石川酒造右拝島駅 ゴール 

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4日(土)。実家のある西八王子駅(8:10発)から八王子で大宮行きの直通むさしの号に乗って大宮駅で乗り換え、小金井の一つ先の自治医大駅へ。初めて降りました。天候は風も弱く、冬晴れで4月上旬並みの暖かさ。

今回は「梅花はなやかな下野薬師寺と道の駅しもつけ(約9km)」。

 

コースは;自治医大駅 スタート 三昧場右下野薬師寺跡右薬師寺歴史館右薬師寺八幡宮右雷電神社右道の駅しもつけ右鑑真和上の碑・龍興寺・道鏡塚右祇園原公園右自治医大駅 ゴール 

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170304 (1).JPG自治医大駅前からスタート(9:15)。自治医大は1972(昭和47)年開学。医学部、看護学部。僻地医療、地域医療の充実を目的に、各都道府県の共同の出捐によって作られた学校法人。このため運営には各都道府県の負担金や「全国モーターボート競走施行者協議会」による競艇収益金の寄附金、大学のある栃木県が発行する特別の当せん金付証票(宝くじ、地域医療等振興自治宝くじ、愛称レインボーくじ)の収益金が充てられています。

実際には自治省(現総務省)が設置した大学であり、総務省の自治系職員が大学に出向し事務局を統括し、元総務事務次官が理事長を務めています。 170304 (2).JPG

駅前通りから交番前まで直進。左折すると、前方に建物が立派な自治医大病院が見えて来ます。

 

広い駐車場スペース・病院敷地前を右折して真っ直ぐ。

途中、大きな薬局を左折して、最初のポイント 三昧場〔下野薬師寺の僧侶が身を清めて修行した湿地〕は、薬師寺跡までには大きく遠回りなのと、湿地はあまり興味が無かったので、曲がらず、そのまま県道310号線を直進。

途中、歩道の無い道もあり、路肩を注意して進みます。

約10分ほど歩くと交差点。左折して検討をつけて進むと、「薬師寺歴史館」の案内標識とお寺の幟 170304 (7).JPG 170304 (8).JPGがなびいている道を右折。道の両端はネギ畑などの田園風景が続きます。

 

間もなく左側に「歴史館」が裏から見えて来て、正面にまわって入館。下野薬師寺跡の南西に隣接したガイダンス施設。館内では、発掘調査によって見つかった瓦をはじめとする出土遺物、下野薬師寺に関わる文献史料、復元模型などの展示のほか、映像などによって薬師寺の歴史をわかりやすく解説していました。

 

続いて、順路が逆になりましたが、下野薬師寺跡〔国指定史跡:今から約1300年前(7世紀末)に創建されたと考えられます。正確な創建時期を記した文献は 170304 (9).JPG 170304 (11).JPG残っていませんが、730年ころに国の出先機関「造下野国薬師寺司」が設置され、国家事業として造営が進められました。その後761年には僧の受戒のための戒壇が置かれ、東大寺、筑紫観世音寺と並ぶ三戒壇の一つに数えられました。回廊は復元され、1辺100mの規模で金堂と中門を結んでいました。

薬師寺史跡まつりは、残念ながら明日のみ。近隣は紅梅・白梅が満開。

 

 

その後、左手にある安国寺〔真言宗:室町時代に足利氏が全国に安国寺を建立した際に寺名を安 170304 (12).JPG 170304 (13).JPG 170304 (15).JPG国寺と改称〕を眺めながら、県道146号線を横断すると、前方に875(貞観17)年に創建された薬師寺八幡宮へ。本殿に続く参道が長く、境内には珍しい4福神が祀られていました。

170304 (16).JPG

また鳥居を抜けると左手に雷電神社〔創建年不詳〕。参拝。

 

その後、ガソリンスタンド脇を左折して国道4号線を横断し、道の駅しもつけ〔下 170304 (17).JPG 170304 (18).JPG 170304 (19).JPG野市の新鮮野菜や特産品のショップや飲食店など〕に立ち寄りました。多くの車や観光客でいっぱいでした。右手の塔は子どものらせん式の滑り台になっていました。

 

 

もと来た道を戻って、矢印に沿って進むと、上り坂上に龍興寺〔真言宗: 170304 (22).JPG 170304 (21).JPG 170304 (20).JPG下野薬師寺の別院として建立された〕境内へ。本堂横にシラカシの巨木〔県天然記念物:樹高21m、目通り周囲4m、樹齢約500年といわれる〕があり、鑑真和上の碑(弟子達によって造られた供養塔〕や道鏡塚〔道鏡は770(宝亀元)年下野薬師寺寺別当として左遷され、2年後に亡くなった〕もありました。

 

小学校横の道を間違えましたが、地元の人が道を教えてくれて、郵便局前へ。矢印があって安心しました。すると、後続のウォーカーと一緒に右折。

すぐ左手に龍興寺二月堂古墳と建物170304 (25).JPG。その後、田園地帯を抜けて下野市民農園前を通って広い道路にぶつかると左折して直進。

 

170304 (26).JPG 170304 (27).JPG次の信号で駅前通りに出て右に曲がり一直線。祇園原公園を抜けると、きれいな新興住宅街が続きスタート時の自治医大駅前ロータリーに出てゴール(11:03)。

 

帰りは、習志野の自宅へと戻りました。ちょうど八王子幕張からほぼ100kmで同運賃。田園地帯の中に古代国家成立期の足跡を求めて、貴重なウォークとなりました。

 

 

 

いよいよ3月3日ひなまつり

立春が過ぎたというのにまだまだ北風が吹いていて、前日は雨。

それでもは残っていた有休を利用して、大島へ。

あいにくの天候でしたが向うはどうだったのでしょうか? 帰って来てから聞いてみようと思います。

 

ハトちゃんは完全休養日。明日、八王子に戸籍謄本を取りに行く予定です。一晩泊まって翌日は栃木での駅ハイ参加を。

まだまだ西高東低の冬型が続きそうですが、まぁ風が吹かなければ暖冬なのでしょう!庭の白梅やシダレ梅(桃色)もだいぶ散り始めて来ました。

 

 

ところで、が3歳の節句のときに、浅草橋駅へ出かけて買った、ひな人形飾りを今年も2月中旬から玄関の靴箱の上に飾っています〔写真〕。

170302(1).JPG

毎年、この時期に押入れから出して飾るのが小生の役割になっています。

今年は取手ひな人形・飾りだけしか観ていません。5日で各地の行事が終わってしまうので、わが家のひな人形で我慢します。

 

が小さい頃は、みんなで観ていろいろと感想を言っていましたが、最近は「いつまで飾るんだろう?」という話題に。

娘も2回りして25歳。本人は仕事ディズニーランド・シー見物(年間パスポート所持)で、昨日も仕事の帰りに行って楽しんで来ました。テレビアニメを録画して観るのも日課になっています?

諸説あるので一概には言えませんが、「ひな飾りはお嫁に行くまで飾る」とすると、娘の趣味からはいつそんな日が来るんでしょうか? 親としてはちょっぴり不安になります。

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