2015年2月アーカイブ

 

2/27(金)は、「ゆうほ(友歩・遊歩)21」の習志野市内ウォー ク。「谷津ヘルスステーション~奏の杜~丹生(にう)神社~京成津田沼駅コース(約6km)。 曇り空ながら時折晴れて少し風がある程度。

京成線「谷津」駅前に集まった参加者は14名。神田先生の案内でスタート(9:35)。小生は、駅前の薬局前にチャリンコを止めました。

 

まず、駅前から谷津ヘルスステーショに向かいます。北口に菅原道真 150227 (1).JPGの歌「東風(こち)吹かば 匂ひをこせよ 梅の花...」とともに、生花が飾られていました。

 

谷津ヘルスステーション敷地内には、早咲きの河津桜と白梅が咲いていまし 150227 (2).JPG 150227 (4).JPG 150227 (3).JPGた。建物の中に入り、トイレ休憩(9:50)。

 

 

 

その後、J R津田沼駅南口から徒歩8分の立地条件の良い35ha開発地域の「奏の杜(かなでのも り)」へ(9:57)。

三井、三菱地所レジデンスマンションなどが完成し、すでに入居している建物も。洗濯物が干されて 150227 (7).JPGいます。昨年とは見違えるほど、道路も整備されて自転車と歩行者が区分されてい 150227 (8).JPG 150227 (10).JPGます。住居表示の案内板もできて、一大住居地域に変貌しつつあります。まだ、建築中のマンションも...。

 

さらに周辺でも、重機による開発が進行。手前に、広い「谷津近隣公園」(平成27年3月末の表示)を建設中。一昨年秋、地名が「谷津5丁目」から「奏の杜(かなでのもり)」に変更。この新しい街は、約7千人が住む新興住宅地になる予定。開発地域を眺めながら、『こんな場所に住みたいわ』などと、雑談しながら歩きます。

 

150227 (20).JPG 150227 (12).JPG 150227 (13).JPG第一中学校前の道路も整備されて、先生から、説明を受けながら、昔、にんじん畑が多かった地の変貌ぶりに感嘆の声、声。

 

 

途中の新しくできた公園では、保育園の園児たちに挨拶されて、皆、つ 150227 (19).JPG 150227 (17).JPGい可愛くて笑顔に。すでに営業中の「forte(フォルテ)」複合商業施設の建物があります。

 

ピーターパン」(パン屋)で、15分休憩(10:31)。外観がおとぎ話に 150227 (23).JPG出てくるような小屋風のカラフルな外装。おいしいパンを買った女性メンバーも...。

 

 

その後、谷津小学校のグラウンドで歓声が聞こえる中、小学校手前の信 150227 (25).JPG号を左折して、京成線の線路に向かいます。 

 

 

途中、丹生神社にうじんじゃ;この辺りでは珍しい 、丹生都比売神を祀る神社。和歌山県伊都郡かつらぎ町の 丹生都比売神社の第一殿を、1654(承應4)年に勧請したのが 創建。本社は空海が高野山を開くに当たり、地主神として遷したともいわれる〕に立ち寄り参拝(10:150227 (27).JPG150227 (28).JPG53)。和歌山県出身者が千葉県内には多く、神社を建てて祀ったとのこと。「南紀白浜」に対し、県内の「白浜」など...。建造物の彫刻美に趣きがあります。

 

木々に囲まれた閑静な境内には、この辺は、昔、東京湾の漁村だったそうで、 150227 (32).JPG 150227 (29).JPG神社内に「漁業組合解散之碑」や、山岳信仰の湯殿山、羽黒山、月山の参拝記念碑もあります。また、「御嶽大神」など御嶽山信仰の石碑があります。日本の神社には、山岳信仰があり、「富士」の付く神社は、富士塚を作って富士山信仰といった具合です。

 

また、この地域の「谷津」という地名は、「津」は東京湾の港という意味で、「谷」は湾がくぼんだところから由来している150227 (31).JPG 150227 (33).JPGという話もありました。境内の御神木はかなりの大木。参道の階段を降りると、道路を挟んで京成の線路があります。よく見ると、雑木林の中にも、出羽三山の碑がありました。祠は壊れたまま。

  150227 (36).JPG 150227 (35).JPG線路際の道路は、時々電車が通過。

 

 

 

 

次に西光寺(真言宗)へ立ち寄りました(11:05)。習志野七福神の毘沙門天が安置 150227 (40).JPGされています。本尊は阿弥陀如来。以前は、1872年の学制発布とともに谷津小学校として使用 150227 (41).JPGされていました。 150227 (43).JPG境内に、江戸時代に作成した如意輪観音像がありました。

 

 

 

 

続いて、一つめの 踏切を右折して、すぐ左手に習志野七福神恵比寿天の東福寺(真言宗)恵比寿天へ(11:15)。本尊の薬師如来は天文年間に老僧が「負奉り東方より来り本尊に置き去りしもの」と伝えられ、行基菩薩の作ともいわれています。

入口に六地蔵があり、左手奥に明治8年に登頂した 150227 (45).JPG 150227 (46).JPG 150227 (48).JPG記念に作られた出羽三山に行った記念碑が立っていました。また、明治13年「秩父 坂東 西国観世音供養塔」も横に立っていました。ツバキが落花して散らかっています。

当時は、テレビなど自宅で楽しむことはできなかったので、旅をするのも楽しみの一つで、山岳信仰とともに出かけたと思われます。また、記念碑建立などにお金を使ったようです。

 

その後、ゆっくりと住宅街と細い道を抜けて、レストランComo」を左折して直進。コメダ喫茶店を右 150227 (51).JPG 150227 (53).JPG 150227 (55).JPG折し、古くなった円形校舎を壊して新装した津田沼小学校横を通って真っ直ぐ進むと、千葉銀行のある東武スクエアが正面に見えて、ゴールの京成津田沼駅まで行きました(11:37)。

 

 

次回、3月10日(火)の市外ウォーク(小石川植物園)の昼食持参だけ確認して解散。

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ハトちゃんは、皆と別れて一人、京成線普通で谷津駅まで戻って、国道14号線を千葉方面に向かって、幕張本郷のリブレ京成店内のパン屋で、菓子パンを購入(毎月、最後の週の金曜日は100円セール)。毎月家族が楽しみにしているパンを購入し、隣りのツタヤでDVDを無料レンタル(毎週金曜1本)して、自宅に戻りました。

  

午後から、大久保にある「菜々の湯」(毎月7のつく日はポイント2倍)へ行って、いろいろな湯につかって、寒さと疲れを癒しました。

 

さらに帰宅後は、夕食準備。夜はブログを書いたり、韓流ドラマを観たりで、あっという間に時間が過ぎて...。

結局、寝たのは午前様。

 

〔コース〕

スタート 新鎌ヶ谷駅(小生は初富駅)→鎌ヶ谷市郷土資料館→市制記念公園→福太郎アリーナ→下総航空基地→鎌ヶ谷市北部公民館→宝泉院→ゴール 元山駅セブンイレブン

 

9大会・約1年10ヵ月ぶりに、「第49回新京成沿線健康ハイキング(新鎌ヶ谷~元山)」に参加。前日、取手の七福神めぐり&ひなまつりで14km、それも利根川河川敷だけでも約3kmの直線を歩いたので、かなり疲れましたが、本日は午後に歯医者の予約が入っていたので、近場の新京成のウォーキングにしました。

今回、新京成では初の期間設定(2/3~3/1)のフリーウォークになったので、日にちを選べるようになり、参加しやすくなりました。ただし、イベントと違い、矢印や交通整理員もいないので、道を間違えないように、マップが必需品。

自宅からは、スタート最寄り駅までは、約40分で、乗り換えも1回で楽。

150225 (2).JPGスタートのチェックが無いので、新鎌ヶ谷駅の一つ手前の初富駅に下車。

駅員さんに聞いて、踏切を渡って、東武野田線の道路高架を左に見ながら、東武線新鎌ヶ谷駅方面へ向かって国道464号線を進みます。間もなく、郷土資料館〔入館無料〕があ 150225 (1).JPGりましたが、以前、館内を見学したのでパ ス。

 

いったん、先ほどの踏切を渡って初富駅方面の道を戻ると、前にマップを持っていた男女の若い二人連れ。

小生は、少しペースを落として付いて行きました。良かったのは、ショッピングプラザ鎌ヶ谷が工事中だったことと、鎌ヶ谷小の曲がり角が間違えやすく、道案内してもらいました。市制記念公園に寄らなかったので、公園の先で見失いました。

 

広い道に出て、市制記念公園方面の歩道を直進。マルヤとマップにはありましたがマルエイ(新京成のホームページで訂正済)の前の歩道を渡って右斜めに直進。

 

この道路は、新興住宅地が左側にあり、駅からも近いとあって、分譲地が続きます。以前のウォークでで歩いた道で見覚えがありました。

 

北総線高架下に、市制記念公園があり、黄色いプロペラ機や蒸気機関車、バッテリーカーなど遊戯 150225 (5).JPG施設も充実していて、市民のオアシスとなっています。

 

先があるので、出入口に近い飛行機と機関車前で、写真を撮るだけにとどめました。

 

公園を出て、北総線高架下の脇道を進みます。北総線の 150225 (7).JPG 150225 (6).JPG電車の通過が見られます。途中、出入口門があり、中に入ると、緑が多い市制記念公園の運動施設。サッカー場、陸上競技場の脇を進みます。園内には、樹木や芝生広場もありますが、矢印が無いため、前を歩いていた中年のおばさんはウロウロ。

ぐるっとまわって、市民体育館福太郎アリーナ〕内のチェックポイントを教えてあげました。第1のスタンプを押印。

 

公園を出て左折。市民体育館・陸上競技場入口を左折して直進。途中、右手に鎌ヶ谷自動車学校 150225 (10).JPGがあって、車が所内を練習中。ハトちゃんは、自動車免許を40歳で取得しましたが、何回も落とされた記憶が甦りました。今では、運転しなくなり、完全ペーパードライバーです。

 

続いて、前方に2本広い道路 国道464号線が続き、その間の地面下を北総線が通っています。 150225 (11).JPG

国道を横断する際、「梨の産地 鎌ヶ谷」の看板が...。

 

最初の信号を左折。間もなく、左手に鎌ヶ谷浄苑の墓地群が。すると、大きな爆音にビクッ! 迷彩色の飛行機がすぐ目の前を、右手に広々と続く 海上自衛隊下総航空基地に降り立って行きました。

150225 (12).JPG 150225 (13).JPG鉄条網に囲まれた右側には、広大な自衛隊の基地が見えて、広さにビックリ。基地の周囲を通り抜ける間、計3機が降り立ちました。

右側だけ歩道が続いていて、結構、車が横を頻繁に通過します。

 

基地の先、パン屋の間の道を進みます。途中、鎌ヶ谷の特産である梨畑も続いていました。最後の 150225 (4).JPG粟野保育園脇に出る道は、ゆっくりした下り坂。

 

横断歩道の信号を渡って、右手に北部小。ふれあいの坂道がありましたが、上り下りがあると思い、左の平坦な道を道なりに進みます。

 

 

途中、北方前板碑〔板碑は石製の供養塔。市内の板碑は、埼玉県北 150225 (15).JPG西部で採掘された緑泥片岩を用いた武蔵型板碑が多い。北方前板碑は1331(元徳3)年を最古に35基の板碑がある。すべて阿弥陀如来を表わす梵字「梵字(キリーク)」を刻んだ種子板碑〕の案内板がありました。

 

かなり長いこと歩いた感じなので、畑で作業したおばちゃんに聞くと、その先左手に、 150225 (16).JPG鎌ヶ谷市北部公民館が見えて来ました。

第2のスタンプ(今回は2ヵ所)を押して、小休止後、先の道へ。

 

左手に佐津間自治会館渋谷総司資料室〕が見 150225 (17).JPGえるも、土曜のみの開館のため、外観のみ。

 

国道281号線角にあるガソリンスタンドを左折。1本目の角を左折。墓が並んでいて、ポイントの宝泉院が見当たらず。地元の人に聞いて、遠回りして、境内へ。宝泉院には、渋谷総司の碑がありました。

 

マップでは、谷畑第一公園の前を通って、新京成の六実駅前を進むことになっていましたが、ガソリ 150225 (19).JPGンスタンドまで戻って、左折して国道281号線を直進。踏切を渡って、一直線で進みます。

歩道が狭く、車が渋滞して、排気ガスの臭いで歩きづらい。道の右側に移動すると、排気ガスは少しはましに。

 

コースどおりに、オランダ屋の前で右折すると桜並木が。100mほど進んで 150225 (20).JPGマップを見ると、また、国道に戻ってその先を歩くコースになっていました。

ここは、だいぶ歩き疲れて来たのと、この先に見るポイントも無いので時間を短縮し、国道を再度歩くことにして引き返して、国道281号線をさらに直進。

道沿いに、ファミレスや飲食チェーン店などが続きます。また、高龗神社(たか 150225 (21).JPGお)神社がありました。「お」という字は、雨かんむりに龍という漢字で読めません。途中で、歩道幅が広くなって、歩きやすくなりました。

 

薬局ウェルシアのすぐ先の信号で、住宅街の方へ左折。ちょうど、前をコースどおりに歩いて来た男性ウォーカーが...。

その後は、細い道を新京成「元山」駅へほぼ直線。松戸市内なので 150225 (23).JPG、マンホールのデザインは「矢切の渡し」。

 

最後は、階段を上がって、駅構内のセブンイレブンゴール手続き。前に着いたウォーカーが3名。その後ろに並びました。

会計・ゴール受付が2ヵ所なので、レジ業務とブッキング。小生は、時間があるので、会計を優先させてゆっくりと。期間が長いので、人気のバッチは郵送で、住所・氏名を名簿に書くことに。それで混雑しちゃうんですネ。

 

500mlの緑茶を1本いただき、鎌ヶ谷~松戸へのウォークを終了しました。最初と最後をショートカットしたので約9kmのウォークとなりました。

 

 

2月24日(火)曇り。ハトちゃんは今年から期間設定コースになった駅ハイ「取手七福神&ひなまつり  (約14km)」 に行って来ました。 DSC04589.JPG

 

〔コース〕

取手駅→光明寺→普門院→埋蔵文化財センター→かたらいの郷→明星院→福永寺→東谷寺→取手緑地運動公園→念仏院→旧取手宿本陣→長禅寺→取手駅

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武蔵野線と常磐線を乗り継いで取手駅に到着。東口で受付があり、順次スタート(9:05)。常磐線に沿ったゆるやかな上り坂を歩いて行くと、埼玉南区から来たというベテランウォーカーに出会いました。一緒に立ち話をしながら、駅ハイや東武線ウォークの景品などの違いに話題が及びます。今年度は、20回以上も参加してリュックを2個もらったとのこと。150224 (1).JPG

まずは、取手一高前を通ります。小生は同県出身なので、愛着があります。

 

さらに話をしながら、キリンビール取手工場脇を通って、突き当りを右折し、間もなく光明寺〔真言宗;寿老人〕へ。

150224 (4).JPG 150224 (5).JPG 150224 (6).JPG 参道には赤い頭巾をかぶった六地蔵があり、境内には南天の木が多くあって、「南天の寺」とも呼ばれています。また戯曲 長谷川伸の「一本刀の土俵入り」が取手宿を舞台にしていることから、かわいい石像がありました(9:29)。小生は写真を撮って、参詣しましたが、埼玉の男性は、寺の境内をゆっくり参拝して見学。

 

歩くペースと、興味が違っていたので、『お先に失礼します。また、どこかで会いましょう!』と言って、別れました。

 

右折して直進し、常磐線の踏切を渡ってさらに直進し左に曲がって、さらに左折すると線路沿いの手前に幹が左に傾いた特徴のある松が見えて来ます。畑と田んぼに 150224 (8).JPG 150224 (7).JPG 囲まれたその先に、境内があり普門院〔真言宗;布袋尊〕(9:41)へ。四季折々の木々が植えられています。

 

普門院に向かう途中、駅ハイベテランで健脚の船橋のウォーカーと久しぶりに出会って、立ち話。元気そうで何よりです。

150224 (10).JPG 今回のコースは、七福神の寺を往復するのが多くて、この後、埋蔵センターをはじめ数回一緒になりました。この頃、よく歩いておられて、ニュージーランドにも3月4日出かけられるそうです。駅ハイポイントも200で、小生の192とほぼ同じくらい。

『上には上がいるもんですネ 』

 

普門院から、車の少ない道をマップのコースどおりに進みます。期間設定コースは、取手では初でしたが、矢印が全然無かったのは、ちょっと不親切。

 

左手の埋蔵文化センター〔取手市内の遺跡からの出土品や宿場町の歴史資料 などを展示〕(10:0 150224 (12).JPG 150224 (11).JPG 0)へ。建物入口まで、小さい豚のミ二チュアの列が印象的。館長に話をうかがうと、取手市出身のその年東京芸大卒業作品で取手市長賞になった本山ひろ子さんの作品。

トイレを借りた後、ひととおり館内をまわって、貴重な資料を観せていただいた後は、少し幅広い道に突き当たります。

そこから左折してずーと一直線に進みます。途中、水戸街道の標柱、吉田消防署を右折して国道6号線を進みます。

幅広い道で歩道も広い、ゆるやかな馬坂を上って行きます。バス停をだいぶ通り越して行きます。

相野谷川橋を渡ってさらに直進。

ピンク色の建物 かたらいの郷〔多目的福祉施設で、各種教室、休憩、談話室、クッキングサロン、入DSC03913.JPG浴施設も完備〕へ(10:17 )。前回入館したのと、歩行距離が長いので外観のみ。横断歩道脇には、銀の輪のオブジェがあります。

馬坂をゆっくり下って1.2kmぐらいすると、左側に大師霊園が見えて来て、明星院〔真言宗;恵比寿〕へ(10:37)。梅の寺として有名。階段を上って本殿。また、永代納 150224 (20).JPG 150224 (22).JPG 150224 (25).JPG 150224 (24).JPG 骨八角堂がありました。本殿の場所がわかりづらくて、結局、ぐるっと一周して何とかたどり着きました。帰りは、歩いてみてわかったのですが、マップでは霊園の左側で、本当は霊園内を通って右側にありました。

次は、国道(水戸街道)を進み、福永寺の案内板を左に入って行くと、4番目の七 150224 (27).JPG 福神がある福永寺〔真言宗;毘沙門天〕へ(10:47)。本堂と毘沙門堂前との前に二つの毘沙門天像が祀られていました。

参詣後、案内板のところまで戻って、車道を横断して、反対側へ。東谷寺の案 150224 (28).JPG 内板の斜め右の細い舗装道を入って、道なりに歩くと奥に東谷寺〔真言宗;弁財天 150224 (29).JPG (10:56)。境内に「念ずれば花ひらく」の句碑や白梅が咲いていました。まだ約6kmも残っています。

国道に戻る道は不安でしたが、間違わずに戻れました。あとは、広い道路を先ほど通ったので、一直線に戻るのみ。

相野谷川橋手前を左折すると、相野谷親水公園へと下って行きます。途中で、トイレ休憩。前方に一段高くなった利根川の土手が見えて来ます。

途中のスロープを上って、土手の上に出ます。 150224 (31).JPG 150224 (32).JPG 利根川浄水場を右側に見ながら、 ここから利根川の河川敷に沿った土手の道を、ひたすら「取手」駅方面に向かって歩き続けます。舗装道路幅も広くて、横の芝生も枯れてふかふかですが、湿っているところもあって、舗装道路を進みます。

一段高い土手からは、右手に市街地の様子、左手奥に利根川、手前の河川敷は、広々と続きます。 150224 (36).JPG 150224 (35).JPG

さすがに流域面積が日本一だけのことはあります。

途中、水門があったり、取手緑地運動公園(複数の野球 グラウンドやサッカー場、テニスコートなど)が あります(11:34)。本日は平日のせいか、グラウンドで練習している風景は見られません。

土手は車の心配が無いので歩きやすいのですが、同じような風景で少々疲れてしまいました。 単調な風景なので、少しペースを上げて進みます。前後に、ウォーカーの姿はほとんど見えません。土手歩きで風が無かったのがラッキーでした。なかなか、白い手すりの階段が出て来ないのがつらかったです。

約3km歩いて、やっと土手とサヨナラ。

階段を下りて進み、右側が道路工事中。歩行者専用道路を通って、右側の階段上の念仏院〔浄土宗; 150224 (39).JPG 150224 (40).JPG 福禄寿〕(11:44)へ。光明寺と同じく、「一本刀の土俵入り」に関連する駒方茂兵衛の句碑がありました。

参詣後、階段を下りると、前方遠くに船橋のウォーカーの後ろ姿がチラリ。速くて追いつけません。

その後、「旧取手宿本陣」は、本日休みで入口まで。 150224 (42).JPG

 

 

この際、取手本陣通りを中心に行われている「取手ひなまつり」(2/11~3/3)開催中を ゆっくり観賞することにしました。

はじめに、近くの市商工会館内に立ち寄り、ひな飾りを観賞。人形店はもちろん、着 150224 (43).JPG 150224 (45).JPG 物・帯店や喫茶店、その他、町の多くの店舗でポスターと、大小、き 150224 (44).JPG れいなひな人形やつるし飾りなどを展示。ウィンドー越しに観てまわりました。

また、長禅寺への大師通り角の新六本店奈良漬店〕の蔵(百年以上前の蔵)では、珍しいつるし雛と、ひな壇が蔵の雰囲気、照明とあいまって幻想的な雰囲気の中で、一層あでやかでした。お茶と奈良漬の 150224 (50).JPG 150224 (49).JPG 150224 (51).JPG サービスもありました。

 

 

最後の七福神は、大師通りの突き当たりの急階段上の長禅寺〔臨済宗;大黒天〕(12:00)。昨年は、急階段の片方に学生が作ったひな人形が並んで圧倒されました〔右の写真DSC03944.JPGは昨年〕が、今年は期間が長いので、ありません。 150224 (47).JPG 石段を上り、白色と模様が目立 150224 (48).JPG つ山門をくぐると、右手に三世堂、左に霊山堂があり、霊山堂前に大黒天が祀られていました。

ゴールの取手駅東口には、12時20分過ぎに到着。

ロングコースの14kmを所要時間3時間ちょっとで完歩しました。

 

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「取手」には昨年のひなまつり以来、4回目。今年も色とりどりのひな飾りで、華やいだ気分に浸れました。今年は、七福神と利根川土手散策とひなまつりと、タイトなをウォークで歩き応えがありました。

 

コース

スタート:神保原駅→①安盛寺→②中山道→③金久保神社→④金窪館跡→⑤陽雲寺→⑥賀美公民館→⑦一里塚→⑧大光寺→⑨神流川古戦場跡碑→⑩ガトーフェスタ ハラ ダ→⑪諏訪神社〔五区〕→⑫明治天皇新町行在所→⑬ひなまつり・もてなし広場→⑭新町公民館→⑮駅前通り→ゴール:新町駅

 

昨年の7/6(日)駅ハイ「新町の寺社めぐりと七夕まつり」以来で、高崎線「新町」駅へ...。昨日に続き、2/22(日)上野発(7:51)に乗って約1時間半。スタートの「神保原」駅は、初の降車。車窓から見えた、上り1番線ホーム内に七福神の像が鎮座していて珍しいので写真を撮りました。神保原駅は、「七福神が住む駅」と呼ばれているそうです。その分、受付では後ろに並ぶことに。

スタートは9時でしたが、駅前で順次受付。缶バッチとマップをもらってスタート。最高気温も10℃を超えて、群馬特有のからっ風も吹かないウォーク日和。すでに、5分ぐらい前にスタートを開始したようで、前に多くのウォーカーが歩いています。

ひなまつりイベントと、新町の特典も楽しめるため、多くの参加者が集まりました。

 

駅前から間もなく、

コースマップどおりに、最初のポイント 安盛寺〔曹洞宗;1526(大永6)年開山。1582(天正10) 150222 (4).JPG 150222 (2).JPG年の神流川合戦で焼失。1615~24(元和年間)に再興された〕へ。

本堂前に弥勒如来がありました。また、鎌倉時代以降、武家の間で信仰された勝軍地蔵も保管されています。

 

参拝後、旧中山道に沿って歩いて行きます。道は、さほど広くなく車も多くはありません。いったん、右折して、国道17号線を横断して、直進すると、前方に石神社(せきじんじゃ 150222 (6).JPG)が見えて来ます。

石神社〔起源は不詳だが古く、古代信仰の対象であった、自然物の石が御神体〕へ。石神社は案内板にも書いてあるように、日本の総社であるといわれています。

元来た道を戻るときに、後続のウォーカーとすれ違います。旧中山道に出て左折して、新町方面へ。

 

150222 (7).JPG国道17号線にかかる歩道橋を横断して、再び旧中山道をひたすら直進しま150222 (8).JPGす。

 

 

 

続いて、金久保神社〔152 150222 (10).JPG 150222 (9).JPG5(大永5)年、金窪藩主が鶴ヶ岡八幡宮を城内に勧請したことに始まり、神流川合戦で焼失。1615~24(元和年間)に遷座したといわれる。社号額や石柱には「八幡神社」となっている〕へ。

拝殿の天井絵と彫刻がすばらしい。

 

このあたりで、ときどき見かける障がい者の若者と付き添いの3人組が、ちょうど前を歩いていて、少し大声で話しながらウォーク。かなり、先頭に近い位置で、3人の歩くスピードは速いんですが、そのあとを、少し遅れながら付いて行きます。

続いて、金窪城(館)跡は、1177~80(治承年間)に築城。1582(天正10)年に、織田信長軍滝 150222 (12).JPG 150222 (14).JPG川一益に攻められ落城。神流川に臨む崖上に残る平城で、城址とともに公園が整備されていて、土塁や堀の一部が見られます。石碑と案内板が立っています。まわりに田園風景が続きます。また、マラソンの幟も...。

 

旧中山道に出て、横断して新町方面に向かうと、間もなく陽雲寺〔曹洞宗;1205(元久2)年の創建といわれる。竜頭が上向き 150222 (18).JPG 150222 (16).JPGの朝鮮式といわれる銅鐘や旧南城の土塁も見られる〕へ。寺の門柱から境内までが遠く、左手に曲がって広い境内には鐘楼や本殿があり、手前の紅梅がちょうど見頃に。

 

その先の賀美公民館前で、案内ガイドから公民館でのサービス 150222 (20).JPG 150222 (21).JPGを言われて、立ち寄りました。地元で「つみっこ」と呼ばれるすいとんが入っているけんちん汁のサービス。

テーブルや椅子も用意されていて、しばし箸をもらってご馳走になります。熱くて汁の中身が多く、お腹が結構いっぱいになります。

 

小生は、早めに食べて、先を急ぎます。途中。国道17号線に出合う手前右150222 (22).JPG手に、勝場庚申塚一里塚〔中山道の両側に一里〔約4キロ〕ごとに造られた〕跡の碑があります。これ は、日本橋から23番目の一里塚で、塚と天王社が建立されています。

 

 

いったん、横断して大光寺〔臨済宗;1215(建保3)年に創建。その後、1411(応永18)年に現伊勢崎市の泉龍寺白崖宝生禅師より再興された。しかし、1582(天正10)年の 150222 (23).JPG神流川合戦により総門のみ残し焼失した。明治42年2月に高崎線の灰煙を被り全焼したため、本堂等を再建し現在に至っている。なお、栄西禅師直筆の扁額と総門、忠臣直重父子の冥福を祈った不背碑(親子地蔵)、六角のガン部を持った石憧、神流川の渡しの標準と旅の安全を祈った見透灯籠が現存している〕へ。


参詣後、また、元来た道を戻ります。

 

旧中山道を進んで、村山酒造跡を過ぎて神流川渡場の常夜燈「身透燈籠」のレプリカ(本物は大光 150222 (24).JPG寺にある)を見て、国道17号線の神流川橋を渡ります。 150222 (25).JPG

橋の中央部では、人が一人通れる程度の狭い歩行者用道路の左側を大型車や車がビュンビュン飛ばしています。前から来る自転車を避けながらのちょっと不安なウォーク。

川幅は広いんですが、水の流れる川は真ん中の一部分で、河原が合戦場になったほど河川敷が広いのが特徴。  

 

間もなく神流川古戦場跡碑〔1582(天正10)年 に、織田信長の重臣・滝川一益が本能寺の変で仇 150222 (27).JPGをとろうと上京する際、北条氏と激戦した〕前に到着。神流川沿いにはサイクリングロードが続いています。

 

古戦場跡碑前の国道を横断して、洋風の建物「ガトーフェスタ ハラ 」(群馬だけでなく、全国的に有名な洋菓子店)があり、館内で、冷 150222 (31).JPG 150222 (30).JPG 150222 (28).JPGたい飲み物とラ スク2個入り1袋をいただきました。お菓子の製造過程のビデオ上映もされていて休憩もできます。隣りの建物では洋菓子を販売していて、女性が多く長蛇の列。観光バスが停まっていました。

 

 

道の途中に、「新町検問所 」(昔はスピードオーバー、積載量 のチェックなどを行っていたと中村氏 150222 (32).JPGの説明)と書かれた塔が立っていて目を惹きます。奥に新町交番。産業道路に出て、今度は右折北上し、信号を渡って、諏訪神社(五区)〔1708(宝 永5)年に現在地に移築され、石鳥居「明神鳥居」や神社の北裏に 150222 (33).JPG江戸時代前期の石製鳥居が半分埋められた状態で保存されている〕へ。

 

その先の浄泉寺の樹齢400年ともいわれる、高さ約25m、周囲5DSC07673.JPG.2mの大銀(高崎市 天然記念物に指定)を見上げてから、その後、県道中島新町線に出て、一直線に西へ。

 

 

十字路を左折し、じょうごを逆さにしたような 形をした東屋がある行在所公園へ。今回はこちらで甘酒サービスとイベントや各種模擬店、新町バザールが出ていて、またスタンプラリーの景品所になっていて、賑わっていました。

また、ゆるキャラの「ぐんまちゃん(県)・しんまちゃん(新町商店連盟)・カリ坊(新町オ 150222 (38).JPG 150222 (36).JPG 150222 (35).JPGリジナルグルメ)」が来ていて、子どもたちや家族連れに愛嬌を振りまいていました。右折すると石畳が続きます。明治天皇新町行在所〔1878(明治11) 年、明治天皇が巡幸の折に、御宿泊のために新設〕の建物内では、ひな人形のひな壇が披露されていました。

 

駅前通りとの十字路横に群馬銀行があり、その前におつまみのお菓子無 150222 (40).JPG料サービス。遠慮なく数個いただきました。

 

その後、コースをショートカットして、 駅前通りを南下。右側にきれいだった七夕 150222 (44).JPG 150222 (41).JPG飾りの道を思い出して、その先の新町公民館内のひな壇飾りと、新町商工会(本日休み)で、ガラス越しにひな壇を観賞。ひなま 150222 (42).JPGつりだ関連場所は、カットせず。

 

 

新町駅のゴール 11時7分で、約11kmを約2時間で歩いたことに...。

改札口で、上り電車が滑り込んで来ました。昨日の二の舞はごめんと思い、駅員に確認して乗りました。

 

帰りは、高崎線普通電車(11:09発)で座って、浦和で京浜東北線に乗換え、一つ目 南浦和から武蔵野線で西船橋、中央・総武線に乗換えて幕張本郷駅まで。本日もずっと、座れて楽でした。

前日の鴻巣のひなまつりが質・量ともきれいですごかったので、新町はまち中にあるひなまつり(ひな壇)は、だいぶ見劣りがしました。 その分、地元の駅ハイに取り組む姿勢と数々のサービスは、他の駅ハイと比べても、だいぶ得をして来て良かった感がしました。

 

 

 

2/21(土)、ハトちゃんは初の鴻巣(埼玉)ひなまつりに参加。

鴻巣花まつりは、昨年の5月24日(土)で過去2回駅ハイで行きましたが、今回は"ひなまつり"へ。上野駅では、地下の14番線ホーム出発で、ギリギリセーフ(8:02発)。冬晴れの中、期待して上野駅から、高崎線に乗って鴻巣駅に到着(8:50)。 

コース

スタート 鴻巣駅→旧町名復活の碑→鴻神社→法要寺→鴻巣宿本陣跡→勝願寺→産業観光館「ひなの里」→広田屋人形店→マル武人形店→生出塚埴輪窯跡→鴻巣びっくりひな祭り〔市役所〕→クレアこうのす→エルミこうのすショッピングモール→ゴール 鴻巣駅

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  150221 (1).JPG

まず、受付をしてスタート。駅前のバスロータリーには「ひな人形と花のまち こう 150221 (3).JPGのす」のシンボル表示が目を惹きます。

駅東口から前のウォーカーに続いて、エルミパーク前へ。その後、階段を下りて進むと旧町名復活の碑へ。道路際に観光ガイドのおじさんが立っていて説明してくれました。明治時代の旧町名が復活したとのことでした。

 

他のウォーカーは、あまり関心を示さず、通り過ぎるのみ。

 

そこから、約200mで鴻神社〔1873(明治6)年にこ 150221 (7).JPG 150221 (5).JPG 150221 (4).JPGの地ならびに近くにあった3ヵ所の神社を合祀したもので、もとは鴻三社といわれ、1910(明治40)年に鴻神社へ改名〕に行きました。

ここには、「こうのとり」伝説があります。その伝説は、災いをなす大蛇をこうのとりが飛んできて撃退、人々の平和な生活を戻してくれたというお話。こうした伝説があることから、諸々の災難除け・厄除け・家内安全・子授け(子宝)・安産・交通安全にご利益がある社として崇拝されているそうです。中でも赤ちゃんを運んで来てくれるといわれる「こうのとり」が、神様の使いとして祀られていることから、子授けを願う参詣が多いそうです。

社殿前に、御神木の夫婦銀杏が左右にあります。

 

150221 (10).JPG 150221 (11).JPGその後、すぐ近くにある法要寺〔1457(長禄元)年の開基で、北本市 150221 (8).JPGにある深井寿命院の末寺。寺紋が、加賀百万石前田家に宿所を提供したことにより「梅鉢紋」が許可された〕へ。珍しい3色のツバキがあり、落花も味わいがありました。

 

 

県道164号線(旧中山道)を進み、路地に入ると、中山道鴻巣宿本陣跡〔鴻巣宿は、元々、本宿村(現在の北本市)にあった宿駅を1602(慶長7)年に現在 150221 (18).JPG地へ移して鴻巣宿と改称。旅籠は58軒あったといわれている〕へ。

 

道路脇に「鴻巣宿本陣跡」の記念碑が建っています。

 

続いて、訪れたのが勝願寺〔現在地に勝願寺が建立されたのは、1573~92年(天 150221 (13).JPG 150221 (14).JPG正年間)の頃で、清厳上人が再興。寺紋は関東十八壇林(僧の学問所)の一つで、家康から「葵の紋」を許可された〕へ。境内左手奥に、仁王門、その先に本殿があり、建造物は風格が漂います。 150221 (17).JPG 150221 (15).JPG

境内では、地元町内会による甘酒サービスが行われていて、小生も1杯いただき、温まりました。

 

 

そこからは、前にも駅ハイでコースになっている、見慣れた街並み。旧中山道を進むと、両脇に人形店とひなまつりの幟が立っています。

 

間もなく、産業観光館「ひなの里」〔観光情報発信基地 として、雛人形の展示や鴻巣の歴史・産業が 150221 (20).JPG150221 (24).JPG 150221 (22).JPGわかる写真や展示品を紹介。また土産品も販売〕へ。

ここでは、館内に飾られた、きらびやかなおひな様と、人形、鴻巣宿のグッ 150221 (26).JPGズの他、150221 (27).JPG外の広場にも、小さくて華麗なおひな様が飾られていて、ゆっくり観賞。

館内でトイレ休憩。

 

 

続いて、その先の広田屋人形店へ。

150221 (30).JPG 150221 (33).JPG店内に入ると、店員さんから、ひな人形や五月人形で使う、きれいな生地の切れ端セットのプレゼント。

人形店らしく、多数のおひな様と、五月人形が整然と飾られていて、しばし観賞。17、8年前に浅草橋で買った、娘のおひな様を、今年はまだ飾っていないことを思い出しました。

150221 (32).JPG

また、店の前にある太鼓橋(長寿橋)は、一方向から上って下ると1年長生きを するということになっていて、小生は恥ずかしげも無く、2回上り下りしました。もう少しと思いましたが、後続のウォーカーが来たので2回にとどめて先を急ぎました。

 

その後、道の反対側を歩いて、観光館の先、「マル武人形店」を右折して 県道38号 150221 (35).JPG線を横断して右折。鴻巣東小学校などの学校、公園を過ぎて、国道17号(中山道)にかかる歩道橋〔橋が金網になっていて上部まであるのは安全のため?〕を昇降すると、住宅街へ。

 

住宅群を抜けて、 道を迂回すると、小さな公園の前にガイドさんが立っていて、生出塚埴輪窯跡へ。『ここで、埴輪が作られた窯 150221 (37).JPGが出て来たところで、クレアこうのす(せせらぎ公園内)に出土品が展示されている』とのこと。

 

その後、間もなく

左前方に高い鴻巣市役所の建物が...(10:08)。市役所前の玄関には、小さ 150221 (39).JPG 150221 (40).JPGいおひな様がいっぱい。また、1階ロビーには、日本一の高さを誇るピラミッドひな壇が。31段約7mもあって、吹き抜け天井すれすれまで続いています。

市役所の裏手は、市民のオアシ pic_main[1].jpgスになっている公園になっています。花まつり時には、大勢の人と、ガーデニングで賑わっていましたが、冬場は閑静な雰囲気。

 

公園中央にある、クレアこうのすへ。大ホール側のウインドーガラス前に150221 (44).JPG 150221 (45).JPG 150221 (42).JPGは、おひな様が並べられていて、その先の階段を下りた小ホール前の展示室では、先ほどの窯跡で出土された、大小、形の違った埴輪が展示されていました。

埴輪を鑑賞後は、公園内を散策して、公園前のバス停出入口へ。 

公園のシンボルでもある大噴水も止まっていました。

 

せせらぎ公園前を左折して、あとは駅までけやき通りを1km直進。この道はとくに飾り立てもなく、市街地を歩くのみ。

旧中山道の角に、鴻巣宿の碑案内板があって、 150221 (48).JPG 150221 (46).JPG自動販売機がカラフルなおひな様のデザインはご当地ならでは。

 

駅前のエルミこうのすショピングモールが見えました。

  150221 (49).JPG

2階の連絡通路から、鴻巣駅でゴール歩行距離約8kmを2時間弱で...。駅に着いて、切符をみどりの窓口で購入。改札口を入る時に、上野行の2番線を、あわてて下りの1番線で籠原行(10:42発;上りも同時刻)に乗ってしまい、一つ先の北鴻巣から引き返して来ました。

しかし、何が幸いするかわかりません。北鴻巣で乗った上り電車は混雑していましたが、偶然、前に座っていた乗客が鴻巣で降りて、座れてラッキー。

鴻巣駅から乗って来た駅ハイ参加者は立ち見。

 

浦和まで座って来れて大正解。帰りも座って帰りたかったので、南浦和から武蔵野線経由で家路に向かいました。

 

このひなまつりコース約8km)は、待ち遠しい春を感じつつ、たくさんのおひな様を観賞(特に日本一の高さを誇るひな壇は圧巻)し、鴻巣宿の歴史・寺社にも触れられて大満足できたウォークとなりました。明日も、高崎線でこの先の神保原~新町のひなまつりに参加します。

 

 

2月20日(金)、オジン隊駅ハイで、「山武 いちごの里(成東)約11km」 に参加。

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〔コース〕

成東駅→  スタート わが街ご案内処→成東城跡公園→浪切不動院→伊藤左千夫記念公園→歴史民俗資料館→伊藤左千夫生家→ストロベリーロード→月蔵寺→大高醤油→光明寺→ ゴール  わが街ご案内処→成東駅

 

 

2ヵ月ぶりにオジン隊4人が勢ぞろい。先月の川越駅ハイは中止になりましたが、先輩方が強行して雪がずいぶん降っている中を元気に歩いて、小生だけが、2日後、川越に。

 

今回は前月とは一転、風は若干冷たかったんですが天気も良くて、春が近づいて来ているという感じの中を歩きました。成東駅(総武本線、東金線)に9時集合。小生は千葉県内で乗車時間は短いんですが、先輩たちは、かなりの遠出。

150220 (1).JPG駅前の「わが街ご案内処(観光案内所)」で、コースマップをもらいスタート

早速、川越 駅ハイの様子を聞くと、兼子隊長が『雪の中を歩くのは、勇気(ゆーき)がいる』 と、朝一番のジョーク。

 

和気藹々と四方山話をしながら、最初のポイント、成東城跡公園へと向かいます。「イスラム国」に殺害された後藤健二さんが、母校(高校・大学)の出身だということも初めて聞きました。

また、12月に行った「富岡製糸場(世界文化遺産)」駅ハイが、製糸場だけだったら、ただの観光になってしまったけれど、城山のハイクがあったおかげで、駅ハイになったという話と、製糸場は一度見学に行けば事足りてしまうと、全員が納得。『製糸』だけに「生か死か」というジョークは、意味がわかりません。

また、小生の妻が1月末に、バスツアーで富岡製糸場に行った際、カイコの形をしたチョコ、富岡の銘菓「かいこの王国」を買って来なかった話をすると大笑い。

先週の14日(土)に、小生が横浜・本郷台 駅ハイに参加した帰り道が、鎌倉に抜けられたと話すと、鎌倉幕府や頼朝の話になり、遠藤副長から 『京都や江戸は、幕府を開く土地としてはわかりますが、鎌倉は山と谷で囲まれ、あとは海の地形で、東西の中心地から離れていたのに、幕府が開かれて政治の中心地になったのは、ある意味不思議。京都守護職などを置いていたので、統治ができたんでしょう!』 と。

 

中央公民館を右折すると、JA山武 緑の風の建物前を通ります。昨年ゴー 150220 (2).JPGル近くにあり、豚汁サービスがあったことを思い出しました。

 

作田川にかかる城址公園大橋を渡ると、間もなく左手に上がる山道が。今年から期間設定コースになったので、矢印がスタート地点からありましたが、山道に 150220 (4).JPG入る地点に、4、5個あって、『どんだけ~多いのか?』 と。

 

手前の用水路は水が多く、水面の高さが路面とあまり差がないことから、『子どもがここに落ちたら大変な事故になるね』 と。

150220 (7).JPG 150220 (5).JPG

愛宕山への細い道の足元には落葉、道の悪いところを避けて歩きます。城跡公園(桜の名所)はそんなに高くはないのですが、山の上には展望台 や空堀、本丸跡などの他、テニスコートの運動施設も。

晴れていたので、山武市街や九十九里浜の海岸も眺望できました。

 

150220 (12).JPG城跡公園から眺望後は、新興住宅街を抜けて舗装された道路をまわり込んで、成東小学校横を通ります。途中、歩いていた猫を動物好きの山根副長が撫でて愛らしい光景。

 

 

左折し、小さな寺院を過ぎて、前方の石塚山中腹にそびえ立つ浪切不動院長勝寺は、天平年間(729~749年)に行基が難破船の海難除けとして不動尊像を彫ったものを弘法大師が石塚山に移して開眼し、お堂を建立したのが始まり。新上総国三十三観音・第三十二番札所〕へ。

150220 (13).JPG 150220 (14).JPG 朱塗りの本堂は、入母屋造りの瓦葺き、間口三間、奥行四間、欄干・回廊をめぐらした懸崖造りとなっています。創建年代は不明ですが、改修をした際に発見された棟札に1618(元和4)年と記されていたと伝わります。

右手に狭く囲まれた、四国八十八ヵ所巡りを順番に小さな仏像と寺名が書かれた場所があります。

 

急階段を登ることになって、本堂へ向かう途中の観音堂には、ぼけ封じ縁むすびの石がありま150220 (15).JPG 150220 (16).JPGす。朱塗りというよりはに近い本堂から、成東の町や海を一望できて感激!

境内には、昔ここが海だったこ CIMG0270.JPGとを示す奇巌・怪石もあります。寺には、しだれ梅、白梅がありましたが、今年は寒いせいか、ほころんでいた程度で咲いていません。

 

150220 (18).JPG作田川の大橋を渡る際、橋のたもとに伊藤左千夫の歌が刻まれていて、遠方 浪切不動院がすくっと浮かび上がります。

 

国道126号線を渡って、昨年は山武市役所前の駐車場で「いちごの里 さんむS1グランプリいちごスイーツ対決 があって、 150220 (21).JPG 150220 (20).JPGイチゴのスイーツが安価で食べられたことを先輩たちに話すと、残念がると思っていたのに、『それって、ハトちゃんの場合、M1グランプリじゃないの?』と、逆に冷やかされて一同大笑い。市役所前に大きな観光案内板があります。すぐ前方左手に、伊藤左千夫記念公園。小説「野菊の墓」の政夫と民子の像」が立っています。ここで、トイレ休憩。

 

続いて、山武市歴史民俗資料館へ。左千夫記念館も兼ねていて、左千夫の遺品・書籍・文房具など 150220 (28).JPG も展示されています。

資料館に入館。先輩たちは2階に上がって、左千夫関連の写真や資料を見学。小生は、昨年閲覧したので、女性係員と立ち話。

 

手前に、伊藤左千夫の歌碑と、来館記念『野菊の墓』の政夫と民子の顔はめ看板があります。 150220 (27).JPG

また、裏庭に、座敷、奥ノ間、囲炉裏、土間などのある伊藤の生家茶室 真閣』を見学。

 

マルキ苺園の角を左に曲がって少し進み、右折して真っ直ぐ田園風景を歩いて 150220 (29).JPG行くと、やっと境川の耕基橋のたもとに出ました 。橋を渡り、川沿いの道を進みます。黄色い菜の花がわずかに咲いていました。オジン隊で、以前、南流山の荒川土手沿いの黄色く埋まった菜の花を観ているので、何とも寂しい限り。 周囲は、田園風景が続きます。

 

総武本線の踏切を渡り、ほぼ直進すると、国道126号線沿いの通称ストロベリーロードへとぶつかります。

右に曲がって、ストロベリーロードを約1.5km直進 150220 (32).JPG 150220 (31).JPG。カラフルな「いちご園・いちご狩り」の幟や看板・店が続きます 。一坪ほどの販売所や、大きいビニールハウスがある苺園など。その数は、ざっと見ても、30軒を超えます。いちご狩り料金の割引マークの店も。

何件か覗いて見ましたが、駅ハイ推薦の店「順子の苺園」で買おうということに...。

コース折り返し地点近くの「順子の苺園」で、先輩たちは苺や苺のスイーツを買いました。寺院を探しながら、やっと見つけて月蔵寺〔九十九里七福神めぐりの 150220 (34).JPG 150220 (35).JPG寺として知られている。境内に大黒天〕へ。

1973(昭和48)年に新築された本堂の赤茶色の屋根が目立ちます。 

 

その後は、車がほとんど通らない旧街 150220 (36).JPG道をひたすら戻りました。

 

通り沿いにある大高醤油〔1804(文化元)年より、 醤油などの製造・販売〕 は、前職場の退職者の動向や現役就労者の人事の話題に夢中のあまり、通り過ぎてしまいました。 

途中、光明寺〔徳川将軍家の菩提寺である上野寛永寺の 隠居寺として、835(承和 150220 (38).JPG 150220 (42).JPG 150220 (40).JPG2)年建立、七福神の寿老人を祀る〕へ。手前の山門が古刹と勘違いして境内に入りそうになります。境内に入ると本堂があり、菩薩像などが建っています。本堂前にマラソンの碑〔小出監督と高橋尚子選手の足型〕と説明文がありました。

境川にかかる往環橋を渡って、 踏切を渡ると、間もなく成東駅前へ。

観光案内所でゴール手続きをした後、正午を過ぎていたので、スタート時に先輩たちが目をつけていたところで、案内所でも勧められた御食事処「成美」に入店。 150220 (43).JPG

入って間もなく、昼食を注文しようとすると、女性店員さんが 『山根さんでは?』 と、いきなり山根副長の名前を呼びました。

他のメンバーも『何で名前を知っているのだろう?』 と怪訝な顔、顔、顔。山根副長も当初、気づきません。

やっと、思い出して 『順子ちゃん?』 と。

何でも、以前の家の近所の幼馴染の順子ちゃんと、30年以上の奇跡的再会。

山根さんからもメールで、「偶然入った食事処で、30年以上ぶりで、近所の女の子に会うとは思いもよらず本当にビックリ!  別の店に入っていれば会えなかったわけで、こんなこともあるんだなと不思議な感覚でした。彼女も元気そうで良かったです」と。

それも、偶然、入店した藤沢(神奈川)とはずいぶん離れている当地で、出会うとは!

多くの駅ハイの中で選んだ成東で暮らしていたとは、運命というか不思議なことが起こりました。

 

隊長いわく『成東だけに、そうなるとう 思った』 と。DSCN5519.JPG

 

昼食を食べながら、来月の駅ハイを大宮に決定し、最後に店の前で、順子さんと記念撮影

 

みんなで、この日最大の奇跡を車内でも語り合いました。

「順子の苺園」にはじまり、店で、長渕 剛の「順子♪」が流れて、「山根さんの幼馴染の順子さん」と3連発。

 

順子づくしの、オジン隊としても記憶に残る駅ハイとなりました。来月の大宮でも、何か起こりそうな予感が...。

 

 

1/9(火)行われたサークルの「柴又七福神めぐり(ハトちゃんはインフルエンザで不参加)」に、2/16(月)に出かけました。3/12(木)千葉健生病院健康友の会ファミリーウォークに、同コースを推薦。今回もガイドをやることになったため、下見に...。

 

コース

スタート 京成高砂駅→観蔵寺→宝生院→医王寺→万福寺→題経寺(帝釈天)→真勝院→良観寺→ゴール 京成金町駅

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京成高砂駅に到着。北口に出て左折。線路沿いを歩くと間もなく観蔵寺〔真言宗;1469(文明元)年、僧空性坊が創建。柴又七福神の寿老人〕へ。京成高砂駅 150216 (4).JPG 150216 (3).JPGからも望むことができます。近くを電車が走っています。

 

寺を出て、突き当りの道路を右折し、高砂福祉館を過ぎて、すぐ右折して、車に注意しながら通りを直進。途中、十字路の右前方に山門、本堂が目立つ崇福寺がありました。

 

その先、右手の住吉小学校の斜め右に入る道を直進し、突き当たった通りを右折して、京成ストアを 150216 (9).JPG探すも見当たらず。行き過ぎてしまい、チョット戻って左折し直進。紅梅とピンクの梅の咲いている家がありました。

 

京成金町線の単線(京成高砂と柴又の中間ぐらい)踏切を渡って、柴又小学校を過ぎます。

運賃の高い北総鉄道の新柴又駅方面へ。

柴又街道を横断して、左手に題経寺霊園の扉があり、開けると墓地内に入れます。その向こうに、めざす宝生院が見えるものの行き止まり。

いったん、扉を閉めて、まわり込んで宝生院〔真言宗;1624(寛永 150216 (13).JPG 150216 (11).JPG元)年、常陸国大聖寺末宝性院として京橋付近の創建。移転を経て、関東大震災で罹災し、1927(昭和2)年当地へ移転。柴又七福神の大黒天〕へ。境内は広い。なお、本殿左手のガラス越しに、米俵に載って、大きな袋と打出の小槌を持った1m弱の大黒天が見られました。また、区の文化財である不動明王も。

 

高架下をくぐると、正面に医王寺〔真言宗;観賢法印が1407(応永14)年に創建。下総国分寺下の薬王寺と呼ばれた。戦国時代の国府台合戦で罹災、1624~44(寛永年間)金蓮院 150216 (17).JPGの僧某が再興し、医王寺と改称。柴又七福神の福徳恵比寿天。名前から眼病に効くといわれ、また商売繁盛の御利益があるといわれる〕へ。

仁王門が立派です。

 

続いて、高架下の道路を進み、左折。前方には、江戸川の 150216 (18).JPG一段高くなった土手が見えます。都道451号線一つ手前の道を左折し進むと、左手に新柴又学び交流館(3階に児童館)。ここでトイレ休憩とこの先の道を確認。

 

道なりに歩いて、柴又6丁目のライオンズマンションの横を通って行くと、細い道に入ります。

右手のひかり学園(幼稚園)では園児たちの歓声が聞こえて来ます。150216 (21).JPG

 

幼稚園を過ぎて、歩きやすい道なので、つい直進しそうになりますが、すぐ右折。

 

150216 (22).JPG 150216 (23).JPG七福神4番目の万福寺〔曹洞宗;1928(昭和3)年に創建。柴又七福神の福禄寿〕へ。

 

続いて、右手に曲がると、小高い土手は同じファミリーウォークで歩いたので見覚えがあります。寅さん記念館がある柴又公園。本番当日は、公園 150216 (25).JPGから江戸川土手矢切の渡しなどを眺めようと考えています。

 

左手の山本亭〔地元ゆかりの山本工場(カメラ部品製造)の創立者である山本栄之助翁の自宅で、1993(平成3)年に一般公開。伝統的な書院造と洋風建築を複合した和洋折衷の建物は木造2階建て(1階120坪、2階15坪、地下防空壕、土蔵、長屋門)で、書院庭園、滝もあり〕長屋門から中へ。

150216 (24).JPG 150216 (26).JPG亭内は、大人100円の入館料で、邸、庭園など、また喫茶メニューもあります。なお、日本庭園のランキング調査の結果、山本亭の庭園が2014(平成26)年3位にランクインしたそうです。立ち寄って、チラシだけをいただき、本番での立ち寄りは、参加者の意向に添いたいと思います。

 

題経寺(柴又帝釈天)の脇に出て、白壁に沿って歩くと、本堂の裏 150216 (28).JPG口・渡り廊下をくぐって境内へ。

 

映画でさらに有名になった、題経寺柴又帝釈天)〔日蓮宗;1629(寛永6)年、開創。七福神の毘沙門天。平日でも、観光・参拝客が結構、 150216 (29).JPG 150216 (31).JPG 150216 (33).JPG来ていました。映画「男はつらいよ」フーテンの寅さんのよく出て来るシーンの二天門や大鐘楼など。青銅の屋根の本堂や建築物の木彫りのす150216 (32).JPGばらしい彫刻を見物しました。

山門前から柴又駅 までは、柴又帝釈天参道が続きます。飲食店やお土産店が軒を並べた門前町で、賑わいを見せています。

 

 

次の真勝院〔真言宗;806(大同元)年の創建と伝えられ、江戸時代までは柴又八幡神社の別当 150216 (35).JPG 150216 (34).JPG寺。五智如来像は、区の文化財。柴又七福神の弁財天〕は、帝釈天通りに入らず右折。突き当たりに見えます。手動の横断歩道を渡って、右側から境内へ。真勝院からは、帝釈天の大鐘楼がよく見えます。 

最後の七福神は、柴又街道を京成金町線金町駅方向へ。間もなく、都民の水がめである金町浄水場前へ。

 

踏切を渡って、良観寺〔真言宗;創建年代は不詳だが、室町時代末期から江戸時代初期にかけての 150216 (37).JPG間に念仏堂として建立されていたと考えら れている。その後 150216 (40).JPG 150216 (39).JPG、両観寺・了観寺として一寺となっていたといわれる。柴又七福神の宝袋尊、江戸川七福神の布袋尊にもなっている〕へ。

境内は狭いが、100体ほどのやすらぎ地蔵尊があり、風車に飾られていて可愛い。また、本堂左手に、お腹に両手を願掛けて祈る宝袋尊があり、表情と形がとってもユニーク。

 

1/9(火)の「ゆうほ21」では、七福神めぐりの後、柴又街道を進んで、国道6号沿いの「和食さと」で新年会〔昼食〕。先生を含め14名が参加し、個室だったこともあり、談笑しながら、今後のサークル活動について、さまざまな意見と決定がなされたと、後で小生に報告がありました。

 

今回のファミリーウォーク下見では、この後、柴又駅へと戻りましたが、本番もせっかく柴又に来て帝釈天通り(映画の舞台になった「とらや」や、うなぎ屋や、お土産店など)に立ち寄らないと、『寺めぐりだけでつまらなかった』 と言われかねないので、帝釈天通り前をゴールにして、後は自由解散にしようと思います。直近連続2回とも雨にたたられているので、今度こそ 「三度目の正直」で晴れてくださいと願っています。

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本番は、3月12日(木)晴れ。20名の参加で、10時スタート(京成高砂駅)~12時40分ゴール(帝釈天参道。無事、終了。

 

 

 

まくはり9条の会の「3/3(火)成田山新勝寺梅園散策」のガイド役を頼まれたので、2/15(日)下見;天候は快晴。近場(京成線特急利用で約35分)で乗り換えなしで行ける「京成成田」へ。

 

「京成成田」駅に降りて、JR「成田」駅前までは徒歩3分。工事中だった近道も通行できるようになっていました。電車で妻の実家、小見川に帰る際、必ず通ります。

成田駅横の観光案内所に立ち寄って相談。チラシを5種類と食事処を教えていただきました。

駅前の横断歩道から左折すると、新勝寺への表参道

 

一つ手前に、「成田山への近道」という表示があったので、初めて通る道へ。確かに人通りがないので静かですが、車は入って来ます。それでも突き当たりを真っ直ぐか、右折するか迷う所もあり、工事中のガードマンに聞いて細い道を真っ直ぐに進むと、「まちかどふれあい館」前へ。少し近いのですが、わかりづらいので、当日は利用できません。

表参道の両脇の店を覗きながら歩いて行くと、三叉路があり、成田山薬師堂 150215 (2).JPG 150215 (1).JPGが右手に。また、左手に女性の銅像〔三橋鷹女の像〕があり、ちょっと立ち止まって説明文を読みます。

 

 

新勝寺の門前町が続き、そこから、参道は下って行き、「川豊本店(店頭でうなぎのさばき・焼きの実演)をはじめ、うな 150215 (4).JPG 150215 (6).JPG unari[1].gifぎの店が軒を連ねて目立ちます。そういえば、成田のゆるキャラは「うなりくん」(なぎ+なりた)で、国際空港をちなんで飛行機のデザイン。

 

 

 

間もなく、成田山新勝寺大師堂弁財天堂の先に、大きな総門〔総ケヤキ造りで、楼上に不動明 150215 (8).JPG 150215 (9).JPG王など八体の生まれ歳守り本尊が泰安されている〕。観光客には、外国人の姿も多い。記念写真を撮る人も...。

反対側に、新勝寺の信徒や檀家さん、ガイドが休憩できる「信徒会館」が立っています。

 

総門をくぐって、階段の上に仁王門。絢爛豪 150215 (12).JPG 150215 (11).JPG 150215 (10).JPG華という感じ。右手の池に亀の像。背に投げ銭が乗っています。仁王門の上の広い境内右手に、7年前に新装された三重塔が色鮮やかに聳え立っていて、形、バランスが美しい。

 

さらに右手には、鐘楼なども...。広い境内の正面に、大本堂150215 (13).JPG願いを込めて参拝。ちょうど、寺内を案内しているガイドさんを見かけたので、話をすると、境内巡拝コースを無料で行っているとのこと。小生のガイドでは、境内は心もとないので、本番のガイドをお願いしました〔集合は、信徒会館前〕。

 

 

いつもなら、大本堂を参詣して帰ってしまうのですが、今回は裏手に広がる広大な成田山公園の梅林の場所確認と開花状況へ。 150215 (22).JPG

 

成田山公園〔東京ドーム約3.5個分 (16万5000m²)にも及ぶ広大な公園。仏教の生きとし生けるものすべての生命を尊ぶという思想が組み入れられ、不殺生を表す尊い生命をはぐくむ場となっている。また、公園内各所には松尾芭蕉や高浜虚子など著名な文人たちの句碑があり、先人の足跡を感じ 150215 (16).JPG 150215 (14).JPG 150215 (15).JPGることができる。四季折々の花木が楽しめる〕入口には、表示が書かれた門があり、くぐって園内に入ると、すぐ出入口に紅梅と白梅の木があります。紅梅は5分咲き程度。早咲きの白梅はやっと数輪咲いているのみで、蕾がほとんど。

150215 (19).JPG

案内にしたがい、右側に進んで、三池大僧正銅像前へ。そこから、だいぶ下って行きます。

その後、竜智の池を右側からまわって行きます。ここで、池から三重塔のてっぺんが 150215 (23).JPG観える絶景スポットを発見。道端に、黄色いロウバイが咲いていまし 150215 (25).JPGた。

 

 

 

池のまわりの植木も手入れが行き届いていて、浮御堂や、水琴館の建物も風情があります。大きな木に囲まれていてヒンヤリしています。

また、園内では珍しい鉄筋コンクリート造りの書道美術館(有料)も右手に。 150215 (26).JPG

園内には、三つの池(竜智の池竜樹の池文殊の池)が、だんご3兄弟のように並んでいます。

150215 (27).JPG梅林のある方へ進みましたが、やはり蕾だけで一輪も咲いていませんでした。

 

その後、赤を基調として、大きな平和の大塔〔高さ58m 150215 (30).JPG 150215 (28).JPGの荘厳な仏塔。真言密教〕前を通って、上り坂へ。左手に入ったところに、雄飛の滝〔高さ約20m〕が勢いよく落ちていました。

 

公園の出入口は、奥の院光明堂額堂脇を通って、石段を下ります。

下りた右手に、トイレあり。

 

150215 (32).JPG花壇が真ん中にある広場の前には、光輪閣があり、お守りやお札を販売しています。受付の男性に帰りの近道を尋ねると、『駐車場側の方が近い』と聞いて、帰りは別路で。

  150215 (33).JPG 150215 (34).JPG

建物の横には、休憩所があって、お茶などが飲める自動給湯サービスがあり、お茶を飲んで休憩。休憩所は、かなり団体客でいっぱいでした。

 

釈迦堂の先は、奥山広場といわれ、お土産などの店が両脇に 150215 (36).JPG続いていました。

 

やっと、境内を離れて、駐車場脇から、左手に新勝寺の境内の広さを感じながら、ゆるやかな上り坂を突き当たり、西参道三の宮通りを左折して進んで行くと、薬師堂横の三叉路に出ました。

出入口が違うので何とも言えませんが、やはり人通りは少ないので、歩きやすいのですが、お土産などを見て帰るには、店がほとんど無いので、物足りません。

 

表参道右手に、「米屋」があり、羊羹の歴史がわかる「成田羊羹資料館」もあります。通りには、干支の石像が立ち並んでいます。

  150215 (37).JPG

千葉興銀手前左側の公園横から、京成線への近道という表示がありました。その道を進んで、道路上を通る陸橋(開運橋)を渡ると、左手に「京成成田」駅前へ。

 

寺から約15分。ゆっくり歩いて20分といった所でしょうか。

 

年間を通して、各種行事が多く、先日も横綱白鵬などの力士や芸能人が節分で豆まきに。成田空港からのアクセスも良いので、外国人観光客も参拝に来ています。

 

2月17日(火)は、習志野では今年初の積雪。2週間先の3月3日(火)の本番には、樹齢50年を超える約500本の紅梅・白梅の花が咲き誇っていることを念じるばかり

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本番は3月3日(火)、曇り時々小雨。13名が参加。成田山新勝寺(観光ガイド付)~成田山公園~表参道(昼食)で、スタート10時(京成成田駅)→ゴール14時35分(スタートと同駅)

 

  

2月14日(土)、「JR 駅ハイ」で「いたち川プロムナードから横浜つながりの森へ(本郷台~大船)約8km」に参加。大船は初。

 

コースは;本郷台駅 栄区民活動センタースタート右城山橋(いたち川プロムナード)右稲荷森の水辺右瀬上池(瀬上市民の森)右大丸山(横浜市最高峰)右横浜自然観察の森 自然観察センター右上郷・森の家ゴール右路線バスで大船駅へ


 

大船まで総武快速・横須賀線で。帰着駅なので、「みどりの窓口」で。混んでいない朝に、切符を購入。帰りには、10人くらい並んでいたので正解。

小生の最寄りの幕張本郷駅からは約1時間半。駅前の横浜銀行3階の「栄区民活動センター」でスタート受付(9:55)。天候は晴れで、微風のハイキング日和。

 

150214 (1).JPG 150214 (3).JPG 150214 (6).JPGまず、柏陽高校前を過ぎて、すぐ左折。早速、城山橋を渡って今回の一つのテーマ「いたち川のプロムナード」の川の遊歩道に出ます。地元の人たちが散歩をしている光景に出くわします。

 

川幅は狭いのですが、車も少なく、歩きやすい沿道を進みます。桂橋や本郷橋といった橋を過ぎて、 赤い太鼓橋の戻橋を渡り、川べりの風景を見ながら自然観察。

 

途中、あずま屋があり、右折すると、土の道の川辺 150214 (7).JPGに下ります。ところどころ、先日の雪の影響か、ぬかるんでいるところもあります。

葦が生えていて、カモが3羽、水辺に浮かんでいました。のどかな風景(稲荷森の水辺)。

 

山手学院が高台に見えて来ます。ここで、いたち川とはおさらば。舗装された道路に出て、高い橋の高架下をくぐり抜け、コースマップを見ながら進みます。案内の矢印が、最初の 150214 (8).JPG 150214 (10).JPG川づたいまではありましたが、どういうわけかこの辺りからは無く、マップが頼り。

右の小川に沿って進んで行くと、横浜栄高校野球部の練習が終わったところ。

掲示板があり、車が通行止めの歩行者が進める道路に。そこから人家がなくなり、鄙びた 150214 (11).JPG場所を進んで行きます。途中で、手入れの行き届いた 真っ白い、スタンダード・プードルを連れた家族に遭遇。

 

さらに、雑木林が両脇に続く、瀬上市民の森へ。広大な緑地が続きます――

 

150214 (15).JPG 150214 (16).JPG 150214 (17).JPG瀬上池・池の上休憩所方面へ。池の手前の階段を上って、瀬上池の周囲を歩いて行きます。思っていた以上に、池は展望が悪く狭い。

 

 

池を2/3周して、休憩所前へ。ハイカーが休憩していました。あずま屋を左折して進んで行くと、両脇が大木に覆 150214 (20).JPG 150214 (19).JPGわれていて、真ん中が開けている道を直進。その先に、急階段があり、1週間前の「岩井・富山(とみさん)」の上りを思い出しました。

 

そこからは、ずっと山道が続きます。前の男性ウォーカーの後に付い 150214 (22).JPG て行きます。尾根のピークまでは上り。結構、脈拍が上150214 (24).JPGがって、うっすらと汗が出て来ます。

 

正面に案内の標識がありましたが、前の男性が駅ハイ参加者と思って、頂上の広場へ。多くのハイカーがいて休んでいて、小生は大丸山だと思っていましたが、何か変です。

案内板を見ていたご夫婦に尋ねると、全然違う「いっしんどう広場」といわれ、道を教えていただき、戻ることに。150214 (26).JPG

途中に、富士山が見える場所があったのがせめてもの救い。マップには破 線でトイレ休憩ができる場所としてコース外に載っていました。往復10分のロス。

 

その後は、ほとんど平らな道を真っ直ぐに。両脇は雑木林で展望はよくありません。紫色の上着を着た男性ハイカーに抜かれて、標識のA9の分岐へ。

男性は、斜め右の道を進んで行きました。ハトちゃんは、わかりづらい標識を見て左の道を選択。

すると、だんだん下って行く道になって来て、二つ先の標識にいた女性に聞くと、やはり間違いだとわかり、本日、2回目のロスでA9の標識まで戻ることに。

そこで、やっと、マップに書かれていたアルファベットが標識ナンバーを表わしていることに、初めて気づきました。

なお、後日談ですが、紫色の男性は、広場で傍にいた方で、ご夫婦と一緒に道を教えてくれた人だったとは? 付いていけば良かったんですね。大失敗!

 

コースに戻ってからは、ゆっくりと、グループの後に付いて、標識ナンバーも確認。途中、金沢自然 150214 (29).JPG 150214 (31).JPGの森の標識あり。松戸から来ていた女性参加者と一緒に大丸山へ。

 

大丸山への急階段はきつく感じました。しかし、山頂には多くのハイカーがいて、大丸山の標柱〔標高156.8m〕もあり、展望は横浜市最高峰150214 (33).JPG 150214 (32).JPGいうこともあって、房総半島、鋸山、富山も良く観えました。

 

ベテランのウォーカーから、鎌倉へも下りのみで、1時間ほ 150214 (35).JPG 150214 (30).JPGどで着くそうです。ゴール方面は、何も無く、時間が許せば鎌倉の方が楽しめるとのこと。この辺りで、自然薯も掘っているそうで、木に付いているしるしを教えてくれました。

150214 (36).JPG 

3人と話をした後、別れの挨拶をして、階段を下って左折して、ゆっくりと下りながらゴールへと向かいます。

 

あずま屋を右折してまわると、横浜自然観察の森 自然観察センターへ。中は山小屋風のウッド造り。入館すると、タヌキの剥製や付近の自然に 150214 (40).JPG 150214 (39).JPG生きる生物や植物の展示や資料など。

 

ちょっと休憩した後は、道なりに左にまわると、炭焼き釜の前で、ちょうど製品を製作中。

 

150214 (41).JPG 150214 (42).JPGその先に、上郷・森の家のバーベキュー広場がありましたが休業中。間もなく、右手に横浜市の公共宿の上郷・森の家へ。フロント受付でゴール。記念の宿のバッチと温泉割引券のプレゼント。

 

バスの時間調整で飲料と軽食をつまんで、少し早めに出ました。5分ほどでバス停(金沢八景行)。しかし、大船行は反対側。

あわてて、反対側に行って待つも、バスは8分も遅れて到着。停留所も一つ先でした。手前の停留所で駅ハイ参加者が乗って来ました。

 

しかし、大船駅までの路線バスは、30分もかかってしまいました。

 

最後に、いつも電車から眺める大船観音を観たいと思い、駅反対側へ。線路に沿って、ぺディストリアンデッキがあって、そこから写真におさめました。 150214 (44).JPG

 

今回は、川と森と低山を歩くハイキングとなりました。森林浴や自然満喫できたもののアップダウンもあり、迷い道もあって、結構、長い(10キロは歩いた感じ)時間かかり、だいぶ疲れました。その分、今晩は良く眠れるでしょう!

 

 

 

 

2月11日(水・祝)、幕張本郷駅から中央・総武線→武蔵野線→京浜東北線(大宮)→宇都宮線を乗り継いで、栃木県さくら市氏家駅に降りました。天候は晴れで、小春日和。今回は、70箇所の雛飾りと、珍しいお雛様&つるし雛を観るのが第一の目的。「氏家」という街は初めてだったので、期待大。約10kmをウォーク。JR宇都宮線には昨春の小金井駅ハイ以来乗りましたが、列車本数は意外と多くて便利。

〔氏家宿は、江戸時代に奥州街道(奥州道中)下野国塩谷郡にあった宿場町で、白沢宿の次の宿駅。現在、栃木県さくら市にあり、市域には東京から栃木県を経て東北地方を結ぶ国道4号および鉄路JR宇都宮線(東北本線)が通る。JR氏家駅が宿の西側に置かれ、市街地化とともに宿並は廃れたものの、主要国道の経路が氏家市街地から反れているため、比較的静かな装いを呈している

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〔コース〕

スタート eプラザ壱番館 →ゆうゆうパーク浮島地蔵尊草川遊歩道今宮神社八幡神社薬王寺氏家雛めぐり宝高屋(チェックポイント)→光明寺西導寺→ゴール eプラザ壱番館  


 

駅構内に早くもつるし雛や雛段がお出迎え。駅前のeプラザ壱番館2F(観光案内所)が受付。カラフ 150211 (2).JPG 150211 (53).JPGルで華やかなお雛様が所狭しと飾られています。

 

150211 (5).JPG 150211 (3).JPG

手続きをして、スタート(9:50)。駅反対側の西口から駅前広場に出て直進。地下道を抜けて直進。橋を渡って、五行川の川沿いを左折して進みます。川面が地 150211 (7).JPG 面に近くて、ゆったりした流れ。

150211 (9).JPGカラオケBOXを過ぎて、さらに川沿いを進むと、前方に一段高くなった土手と手前に広い駐車場。まだ身体が温まっていないので、トイレに立ち寄りました。

 

階段を上ると、広々とした鬼怒川の河川敷が続きます。左手の河川敷では、遊具や球技場で遊んでいる光景が... 150211 (14).JPG 150211 (11).JPGゆうゆうパーク)。冬晴れで、微風でポカポカとした感じ。舗装道路も広いんですが、芝生の部分が広く、小生は新しい靴で芝生の絨毯のような部分を好んで歩いて行きました。正面に雪化粧した高原山が観えます。

 

20分ほど歩いて、土手を下りて、畑の横を通って浮島地 150211 (16).JPG 蔵尊へ。角に地蔵堂があり、裏手にもお地蔵さんが立っていました。

 

150211 (18).JPG 150211 (19).JPG続いて、またも五行川に沿った、草川遊歩道に出て、川のほとりを歩きます。カモやサギを川面で発見。桜の古木が川岸にあって、風情があります。

 

 

配水場手前を右折。道路が工事中でしたが、歩行者専用道が設けられておらず、迂回をガードマンに促されましたが、遠回りなことと、左手に国道293号線が見えたので、空き地を通って国道へ近道。

いったん、「ギャラリー」方向に進みましたが、国道沿いが歩きやすかったので国道を進みます。

馬場南のT字路を左折して、国道4号線(奥州街道)へ。

 

ゆっくりとした上り坂で、東北本線を眼下に見て、陸 150211 (22).JPG 150211 (21).JPG橋を黒磯方面へと向かいます。

 

馬場北手前の信号を横断して、今宮神社〔創建より950年の歴史を持つ。平安時代1060(康平3)年に創建されて 150211 (28).JPG 150211 (25).JPG後、1300(正安2)年に勝山城主氏家氏の崇敬により、氏家24郷総鎮守として現在の地に遷宮された。境内の大イチョウは樹齢700年の古木で、栃木県銘木百選の指定になっている。
  本殿、楼門、天保飢饉絵馬、奉納句額等が町指定文化財で、社殿は荘厳にして当地方を代表する古社〕へ。

参拝後、県道181号線を横断して、県道48号線へ。48号線手前に、雛飾 150211 (29).JPGりのすばらしい、創彩縫「薔薇」がありました。

 

右折して、県道を南下。途中、右手に入って、高木が茂る八幡神社へも参拝。 150211 (33).JPG 150211 (34).JPG鳥居も二の鳥居があって、由緒ある神社。

 

奥州街道沿いに長屋門があって、瀧澤家住宅〔明治の実業家、瀧澤喜平治の屋敷〕があり、その後、薬王寺を経て、曲がる道を間違って、まちの中心街へ。おか 150211 (38).JPG 150211 (35).JPGげで、「まちかど館」に入館して、立派な雛飾りとガイドさんの説明を聞けてちょっと一休み。このあたりに雛めぐりの店が集中しています。まちのあちらこちらのお飾り 150211 (40).JPG処には、赤いのぼりが立っていて、スタンプラ 150211 (41).JPGリーも実施していました。

 

その後、光明寺〔境内、岩上に安置される青銅像の不動明王坐像が県文化財。丈六仏といわれる大きな仏像なため、奥州街道を1800分の1で 150211 (45).JPG 150211 (43).JPG 描いた絵巻物『奥州道中分間延絵図』にも描かれている。 1759(宝暦9)年、鉄砲町(現宇都宮市)に住む宇都宮藩の御用鋳物師だった戸室卯兵衛が鋳造したもの〕が目を惹きました。この坐像は高さ3mの憤怒の像で、露天に鎮座(露座)しています。

 

続いて、店屋の人に聞いて、クリーニング屋の宝高屋へ。チェックポイントのスタン 150211 (47).JPG 150211 (48).JPGプを...。また、店内には多数の雛飾りがきれいに飾られていました。

 

最後は、駅前通りへ出て、西導寺 150211 (49).JPG〔1191(建久2)年に氏家氏の始祖で勝山城を築いた宇都宮公頼が開いたとされる古寺〕へ。

本堂や弥勒堂の建築物・彫刻はなかなか立派です。

 

ちょうど、3人の歴女のおばさんが雛めぐりをしていて、ゴールのeプラザの飾り 150211 (51).JPG 150211 (6).JPG具合を教えてあげました。

ゴールで、名簿にチェックをすると、匂い袋のプレゼントがありました。

帰りの電車を待つ間、駅前の広場では、ミニコンサートが開かれていて、人が集まって 150211 (52).JPGいました。

 

また、ホームで上りの宇都宮行(12:43発)を待っていると、偶然に、四街道のNさんと遭遇。帰りは、浦和まで駅ハイのコースもろもろや、鉄道の話で、盛り上がって帰りました。

 

千葉からはかなり遠方ですが、初めての地で、春を心待ちにできる雛飾りを満喫した駅ハイに...。

 

 

 

2月10日(火)、「ゆうほ(友歩・遊歩)21」の月一の市外ウォークで、「内藤新宿の歴史を訪ねて歩く」をに参加。

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コース

スタート 市ヶ谷駅→新宿歴史博物館→愛染院→西念寺→戒行寺→須賀神社→本性寺→お岩稲荷→消防博物館→笹寺→四谷大木戸跡→新宿御苑→太宗寺→ゴール 都営新宿線・新宿三丁目駅

 

 

京成線京成船橋駅構内に9時30分に集まった、神田先生を含む18名は、その 150210 (1).JPGまま、京成八幡で、都営新宿線に乗り換え、市ヶ谷駅へ。ここは、ハトちゃんが、以前勤務していたH大学のキャンパスがあって、駅前の釣堀越しに、大学のボアソナードタワーが聳え立っていて、ホームグラウンドに来た感じ。

スタートは10時33分。駅前の商店街は、新しい店になったところもありますが、懐かしい雰囲気。

 

まずは、外堀通り沿いの市谷亀岡八幡神社前へ。この神社の石段は急で、以前、大学の広報紙 150210 (2).JPGで、小生が写真を撮って紹介した場所。神社横には、駿台予備校の市ヶ谷校があり、予備校生の往来が多い。八幡神社前から靖国通りを進みます。

グランドホテル前を通って、防衛省前を抜けて、中大市ヶ谷キャンパスの校舎が右手前方に...。

大学校舎前を左に上って行きます。津の守坂通りの左手少し入ったところに、シルバーで大きな手のようにも見える特徴的オブジェが見えて来ます。

 

ここは、新宿歴史博物館〔1989(平成元)年に設立。新宿区生涯学習財団が運営。旧石器時代から続く 人々の営み、時代順に新宿区にとって画期的な意味を持つ時代・事象を6つのコーナーに分類・展示〕。常設展の他に、写真展「新宿・昭和50-60年代〈昭和〉の終わりの新宿風景」を開催中。こちらは、ハトちゃんの地元の近く佐倉にある「れきはく」の小型版。

150210 (7).JPG 150210 (5).JPG150210 (6).JPG入館すると、地下1階の常設展示室には、 江戸時代の内藤新宿のジオラマや、実物大に再現されている昭和初期の住宅や生活用品が置いてあり、レトロな雰囲気に。また、新宿区に縁の深い文化人コーナーでは、夏目漱石、小泉八雲、坪内逍遥などの資料が展示 150210 (10).JPG 150210 (13).JPG されていました。

150210 (14).JPG館内にあった作品で、光を集めて、パワーを集めている様に見えるものと、玄関前のオブジェは、 久保田晴彦氏(彫刻家)によります。

 

 

続いて、早めのお昼。案内役の先生の弟子ともいえる方の「魚亭 かみや」の和食。注文から食事の出て来るまで時間がかかりましたが、その間、5つの席に分かれて、和気藹々と四方山話ができました。

  150210 (17).JPG

昼食後は、まだ、全体(約6km)の1/4しか歩いていなかったので、気合を入れ直して、合羽坂から外苑東通りを横断し、地下鉄曙橋駅を過ぎて靖国通りを左折。

荒木町の交差点も直進。間もなく四谷三丁目で、交通量の多い、歩道幅も広い新宿通りへ。

いったん、四ツ谷駅方面に向かって左折し、四谷二丁目の信号を横断して直進。前方に、須賀神社の長い石段が見えます。

福院坂を下って、途中まで直進し、左手の愛染院〔真言宗の寺院で、内藤新宿開設の初代の名 150210 (20).JPG 150210 (21).JPG 150210 (22).JPG 150210 (23).JPG主である高松喜六と、塙 保己一〔江戸時代中期の盲目の国文学者〕の墓を見学。墓群の出入口には、鍵がかかっていますが、開閉はできます。

 

 

墓参後は、細い道を回りこんで、西念寺〔家康の譜代家臣で徳川十六神将に数えられる服部正成(半蔵)が開基した寺。半蔵の菩提寺であり、 150210 (30).JPG 150210 (29).JPG 150210 (27).JPG 150210 (26).JPG正成をはじめ服部一族の墳墓が存在する。また、正成が守役を務めた徳川家康の長男・信康のために彼が建てたとされる供養塔が現存している;本堂右に半蔵の墓、愛用の槍(長さが258cm)も保存されている〕へ。

墓参後、半蔵が家康の長男信康の切腹時の介錯ができなかったで、信康に温情を感じて菩提を弔う供養の五輪塔が立っていました。

また、伊賀の忍者である半蔵にちなみ、2.22(にんじゃ)の日が特別供養の日になっています。

 

 

150210 (32).JPG戒行寺〔日蓮宗;火付盗賊改方長官の長谷川平蔵の菩提寺。「長谷川平蔵宣以供養 150210 (33).JPG碑」が建っていますが、葬られた墓は無し〕へ。

 

 

  続いて、石段を上るものだった思っていた須賀神社へも坂を上らずにたどり着けました。さすが、先生は道に詳しい。ここで、メンバーから、『マップがあっても、次回は同じコースを歩けない』という弱気の声も聞かれました。確かに、下見をしたり、何度か間違わないと道は覚えないですよネ!

 

右手に、須賀神社〔本殿は1819(文政2)年の造営。四谷十八ヵ町の鎮守様〕。

150210 (39).JPG 150210 (38).JPG 150210 (36).JPG社殿は荘厳華麗な建築物で、社殿天井に三十六歌仙の絵〔1836(天保7)年完成〕が9枚ずつ四方に掲げられているのが見えました。また、境内横には天井の絵の写真が三十六歌仙(歌と作者)がわかるように飾られています。

 

続いては、すぐ近くにある本性寺〔日蓮宗;1670(寛文10)年に建立。松戸本土寺の末寺〕へ。門 150210 (41).JPG 150210 (42).JPGの横には「毘沙門天」家康が伊達氏を牽制する意味で、北向きに安置したそうです。

境内の松に、なぜか雀の大群が集まって、うるさく鳴いていました。付近に、大きな木々が少ないことに影響されているのでしょうか? 身を隠すのに安全なのでしょうか? 松に集まるのを初めて見ました。

 

さらに、鶴屋南北の「東京四谷怪談」のモデル・お岩と田宮伊右衛門が信仰していたという田宮家屋敷の稲荷社が起源で、明治になって、於岩稲荷 150210 (43).JPG田宮神社お岩稲荷と呼ばれる)へ。

実際の夫婦は、話とは間逆で、仲が良かったそうです。また、神社のまわりの石柱には、歌舞伎座や芸術座、役者などの名前が刻まれていて、「四谷怪談」の上演前には、お参りが慣習になっているそうです。

 

その後、外苑東通りを四谷三丁目方面に戻ると、交差点に四谷消防署・東京消防庁の消防博物館のある兼用ビルへ。

消防博物館 〔江戸時代から現代までの消防のあゆみを歴史的史料や模型、映像でわかりやすく紹介しています。本物の消防クラシックカーや消防ヘリコプターも展示。 江戸時代に描かれた絵巻や錦絵、大正から昭和にかけての消防クラシックカー、最新の消防隊の装備など、消防に関するさまざまなものも展示〕は無料なので、しばしメンバーは入館して見学。

まず地下1階と1階は吹き抜けでつながっていて、10台くらいの消防車、救急車、消防ヘリがずらっと展示されています。また、ハシゴ車もハシゴが吹き抜けの上まで延びていて、名車が目を惹きます。


150210 (45).JPGこの博物館は、なんと地下1階から7階まで展示スペース(一部閉鎖中と、消防署の 150210 (48).JPG 150210 (47).JPG階あり。10階には展望&休憩室もあって広大です。回ってみると展示の質が高くて、数量も多い。ジオラマ、映像、実物の消防車、ミニシアター、防災情報、クイズ、キッズコーナー、資料室、グッズ販売などなど、多彩。子供連れが結構いました。大人も子どもも楽しめます。

さらに、消防ヘリコプターでは、映像を見ながら操縦気分を味わえます。来館記念グッズももらえます。

 

しばし、ゆっくりした後で、またウォーク再開。

甲州街道を渡って笹寺〔1575(天正3)年、開山。家光が鷹狩りの際、立ち寄り笹寺と命名。1605(慶長10)年伊賀同心が一揆を起こした〕へ。 150210 (49).JPG

小生が2月3日の代々木・新宿界隈駅ハイで歩いたコースと同コースへ。甲州街道へ出て、新宿駅南口方面へ。

 

間もなく、左手に新宿御苑〔江戸時代に信州高遠藩主内藤家の屋敷があった 土地の一部が、明治に入り農事試験場を経て皇室の御料地となり、1906(明治39)年に完成した皇室庭園で、戦後一 150210 (54).JPG般に開放。広さ58万3千㎡の敷地内には、日本庭園、フランス式整形庭園、イギリス風景式庭園が巧みにデザインされており、四季折々、楽しめる。春の桜や秋の紅葉も有名で都心のオアシスとして人々の憩いの場になっている〕の大木戸門前へ。

 

御苑の手前に、江戸に飲料水を供給していた玉川上水の水番所跡の大きな石碑と案内板その裏に四谷大木戸跡の碑。〔大木戸とは、江戸か 150210 (52).JPG 150210 (53).JPGら地方に向かう主要街道に設けられた検問所で1616(元和2)年、開幕後に設けられた。大木戸の碑は、出土した玉川上水の石桶を利用して造られた〕。

 150210 (57).JPG

御苑の外壁に沿って約600mほど、玉川上水・内藤新宿分水散歩道 〔2012(平成24)年完成〕が延びています。本日は、散歩道の出発点の確認のみ。

 

 

続いて、新宿通りへ出て、太宗寺〔1596(慶長元)年頃、僧・太宗が開いた草庵が前身。後に信州高遠内藤家の菩提寺となる〕へ。

かつての内藤新宿の宿場の仲町に位置していて、江戸への甲州街道の出入口に、安全祈願として 150210 (59).JPG江戸六地蔵〔1番;品川寺(旧東海道)、2番;東禅寺(奥州街道)、3番太宗寺(甲州街道)、4番真性寺(旧中山道)、5番;霊巌寺(水戸街道)、6番永 150210 (62).JPG 150210 (60).JPG(千葉街道)現存せず〕の一つ〔銅達地蔵菩薩〕が、約3mの高さで立っていました。

また、高層ビルの一角の割には、広い境内には、閻魔像や珍しい塩かけ地蔵もありました。また、小さい稲荷神社の狐一対の後ろに、生150210 (63).JPGきている猫が両脇に2匹同様に座ってていたのにはビックリ。

 

 

ゴールは、5分ほどで都営新宿線「新宿三丁目」駅(15:23)へ出て、行きと同じルートで帰りました。

歩行距離は短かったものの、新宿の歴史と縁の寺社をめぐるウォークで、冬場としては天気も晴れて、気持ちの良いウォークに...。

 

 

 

 

ハトちゃんは、2/7(土)期間設定コースの"南房総・富山を歩く(10km)"に、行って来ました。

本日は晴れて最高気温も10℃を越えるというので、早起きして、JR内房線で「岩井」駅へ。

 

富山(標高349.5m。古代神話に登場する天命富の逝去の地から名づけられ、滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』の舞台として知られる)」へ。

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コース

スタート 岩井ウォーキングセンター→伏姫と八房の像→福満寺・富山遊歩道入口→五合目休憩所→七合目見晴らし台→愛の鐘・縁結びの大杉→富山北峰・展望広場→伏姫籠穴→観音山→道の駅・富楽里とみやま→ゴール  岩井ウォーキングセンター

 

岩井駅隣りの岩井ウォーキングセンターで受付手続きを済ませて、反対 150207 (1).JPG側の自転車駐輪場前の広場の一角に、『南総里見八犬伝』の主人公でもある「伏姫と八房の像」を見学。

その後、線路に沿って歩いて、内房線(単線)の踏切を渡って、富山方面へと向 150207 (4).JPG 150207 (6).JPGかいます。一緒に手続きした駅ハイのメンバーはゆっくり。いつの間にか、先頭を歩いていました。

 

 

県道丸山・富山線を直進して、右手に富山小学校から福聚寺、館山道路を過ぎて、しばらく歩くと、福満寺〔731(天平3)年、行基により開創。 1864(元治元)年、現在地に本堂が再建された。山頂に仮堂が建てられて石造の十一 150207 (8).JPG 150207 (9).JPG面観音像が祀られている。赤色の仁王像はかつて山頂にあった。参道入口に大正元年の登山道標あり〕の境内へ。赤色の仁王像が目を惹きます。

 

お墓の横から、富山遊歩道が続いています。右手に今年 150207 (10).JPGは早咲きの水仙群。満開になって 、甘い香りを漂わせていました。

間もなく、山道になって、ところどころ雪が残っていて、足元が悪いのと、落葉が多い道を進んで行きます。久しぶりの山登りで、結構、 150207 (12).JPGハードな行程に...。途中に標識が立っていて、「何合目」まで来たかがわかるようになっています。駅ハイとは限らず、ハイカーも結構、登っています。

 

 

四合目を過ぎると、どういうわけか、いったんかなり下って行きます。一瞬、『道を間違えたかな?』と思い振り返ると、後続のハイカーがこちらへ向かって来るので、また歩き始めました。

五合目休憩所には、7人の若者が休憩中。挨拶して、その横を抜いて行きました。ちょうど休憩が終 150207 (14).JPGわったところで、一足遅く後ろに付いて来ました。

そこからは、階段の急登が続いていて、かなりの汗と呼吸もだいぶ荒くなって来ます。5段ほど後ろに、若者のリーダーが付いて来て、話し声も聞こえて来ます。山道が本格的に険しくなり、しゃべり声も少なくなりました。

階段から次の階段までが高いところもあり、体を持ち上げて進みます。

 

 

七合目見晴らし台からは、木々の間から、かなりの眺望が見渡せますが 150207 (15).JPG、ゆっくり休んでしまうと後がきついので、写真を撮ったのと、呼吸を整えるだけ。やっと、九合目を過ぎるあたりからはだいぶ楽に歩けます。

山道を登って、平らな場所に出て来ると、正面に、観音堂登山道標識前で小休止。南峰をチェックポイントと思い込んで、一応、頂上まで上がりましたが、視界は悪く、先に到着していた人に教えられて、元の道へ引き返し...。

 

150207 (18).JPGそこから山の背をぐるっとまわって、富山北峰頂上(349.5m)へ。途中に、愛の鐘 150207 (26).JPGとボタンスギの巨木(縁結び)があります。鐘を鳴らすハイカーがいて、心地よい響きでした。

 

「里見八犬士終焉の地」という白い標識とベンチを過ぎて、やっと、金比羅宮前を通って、頂上へ。まず三角点のある山頂へ。頂上は広場になっていて、木 150207 (23).JPG 150207 (22).JPGで作られたアスレチック風の展望台があります。360度の大パノラマが展望できる、北峰展望広場にある展望台へ。チェックポイントのスタンプを押印。多 150207 (20).JPGくのハイカーも眺望を楽しんだり、撮影したり...。手前左手に、皇太子・皇太子妃散策記念碑があります。

 

 

しばらくベンチで水分補給と休憩をした後、帰路につきます。

縁結びの大杉を越えた場所から左手に舗装された道があって、コースがどちらか迷って、舗装道路を下り始めたところ、上の方から愛の鐘の音が聞こえて、道を間違えたのに気づき、戻ってコースへ復帰。 『鐘があって、嗚呼、助かった~!』

いよいよ急な山道に入って行きます。

行きの階段以上に急峻な 階段を一気の下り。歩幅を狭く取り、滑らないように注意をして下りまし 150207 (28).JPG 150207 (29).JPGた。足元を確認しながら進みます。階段の高さが一定で無いのと、滑りやすくてペースはゆっくり、確実に歩を進め、転ばないように。途中、清水が沸いていて、水飲場あり。

 

やっと、遊歩道終点になりましたが、そこからの舗装道路が思っていた以上に長い。途中、川の堰止めは、迂 150207 (31).JPG 150207 (30).JPG回路になっていて、左手に崖が崩れた場所や、コースに落石の大石があったり...。

また、北斜面には、うっすらと雪が残っていたり。

 

奥沢川に沿った道路を進んで、富山の中腹にある伏姫籠穴(ろうけつ)〔里見義実の娘「伏姫」と飼犬「八房」が暮らした洞窟〕へ。さっきま 150207 (32).JPG 150207 (33).JPG 150207 (35).JPGでの山道がウソのような、きれいな城壁風の建造物があります。 山門近くには、里見八房が眠る 「犬塚」や、「円舞台」(八本の柵の上に珠と、その下に犬という名字150207 (36).JPGが使われている八犬士を刻印)もある〕。籠穴(階段を上り、一番奥の洞窟まで行き中を覗く)を見学。神話の世界を想像。

 

その後は、富山中学校を経て、富津館山道路の高架下をくぐって、右折して観音山を目ざします。

 

 

PICT3561.JPG PICT3562.JPG PICT3563.JPG観音山の看板〔上にふくろう〕が見えて、左折すると、急な階段。100段ぐらいでしょうか、登って回り込むと頂上。岩井の海岸線と東京湾、市街地が一望できます。好天だったので、遥か沖合いまで絶景が...。

 

 

ゆっくり眺望を楽しんだ後は、

PICT3590.JPGコースマップどおりに歩くと、道の駅「富楽里(とみやま)」へ。「ふらーりとシャレ?で道の駅。農産物や岩井漁港の新鮮な魚料理が食べられたり、土産品の販売、野菜や鮮魚、特産品などが並べられています(写真は前回訪問時)。

最後のポイント、道の駅「富楽里」には、帰りの電車時刻の関係でパス。ショートカットして、帰りの電車時刻に間に合うようにスピードを上げて、岩井駅前 ウォーキングセンターに立ち寄りゴール。当初、予定していた電車に間に合って、15時前に自宅へ着きました。

夜、7日(7のつく日)ということもあり、家族全員で「菜々の湯」で、疲れを癒しました。

 

天候には恵まれ、富山からの絶景が観られた「富山」ハイク」となりました。翌朝起きると、温泉に入ってマッサージしたにもかかわらず、太ももの筋肉がパンパンになっていました。「ちばの山」は低山というイメージがありますが、距離・時間こそ短いのですが、甘く見ると後が大変ですヨ。

 

 

 

 

―ハトちゃんは、寒いのと、日が短いので、四季ではが大嫌い―

 

2月5日(木)天気予報では、関東平野部で場所により積雪5センチの予報。玄関に、雪かきの道具を置いて、準備。というのも、昨年の2/9早朝の大雪千葉でも、記録的な積雪で32cm。なかなか溶けず、自宅近くの通学路の坂と、近所の道路を自治会(町内会)の有志を率いて、汗ビッショリで雪かきをやった記憶が甦ります。

千葉は都心よりも暖かいので、昨日はみぞれや雨になり、2/6(金)早朝は路面の表面がわずかに凍ったのみ。早朝、バイクで出勤するも、ほとんど平常どおり。息子は、『早起きして損した』とも。

 

外が晴れて気持ちが良いので、小生は早お昼の後、筋トレへ1時間。

14時にバイクで仕事を終えてが帰宅。娘の口からは『千葉から出て行けない』とも...。外は暖かく、10℃は越えていて、日差しがまぶしいので、カーテンを引いて、リビングで録画したドラマやアニメを観ています。

庭に出て見ると、山吹色の福寿草3輪咲いていました。しばし、初春に花を咲かせる福寿草を観賞。

150206 (1).JPG〔春を告げる花の代表でもある福寿草は、元日草(がんじつそう)や朔日草(ついたちそう)の別名を持つ。福寿草という和名もまた「新春を祝う」意味がある。なお、花言葉「永久の幸福」「思い出」「幸福を招く」「祝福」。〕

 

 

また、今年は2週間ほど早く咲き始めた、陽だまりの水仙も咲き 150206 (2).JPG続けています。

〔なお、花言葉は水面に映った自分の姿に恋をした、ギリシャ神話の美少年「ナルキッソス」の伝説にちなみ、「うぬぼれ」「自己愛」「エゴイズム」。〕

まだ寒い日が続きますが、季節は立春を過ぎて、確実に春に向かっています。もう少しの辛抱で、花が咲き誇る春が、そこまでやって来ています。寒さが苦手のハトちゃんには、待ち遠しい日々です。

 

 

 

駅ハイ期間設定「代々木・新宿の公園散策路と名所をめぐるコース10km」へ、2月3日(火)に出かけました。

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コース

スタート 代々木の専門学校 東京スクール・オブ・ビジネス伝 沖田総司逝去の地→多武峯内藤神社→新宿御苑→雷電稲荷神社→東京都庁第一本庁舎→新宿中央公園→エコギャラリー新宿→新宿十二社熊野神社→刀剣博物館→代々木ポニー公園→明治神宮→専門学校 東京スクール・オブ・ビジネス

 

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今回は、専門学校 東京スクール・オブ・ビジネスの学生さんが考えたコース。ポイントも2倍なので、何が何でも参加。例年、秋に開催されますが、昨年デング熱の影響で、代々木公園や新宿御苑が一時閉鎖になったため、年明けに変更。学生さんが受付をしてくれてスタート(10:00)。

 

まず代々木駅前(明治神宮北参道口の石碑あり)を横切って、JR線の高架下をくぐって、北参道交差点を直進。

細い道を進むと正面に鳩森八幡神社(千駄ヶ谷の富士塚)〔860(貞観2)年、慈覚大師が八幡神社 150203 (2).JPGとして創建。舞い降りた白雲を村人が追いかけて行くと、白鳩がたくさん飛び去って行 150203 (5).JPGき、小さな祠を「鳩森」と名づけたのが神社の名前の由来。境内に富士信仰に基づき、自然岩の登山 150203 (7).JPG150203 (6).JPGや奥宮があって、富士山を再現した塚があり、パワースポットになっている〕 。裏参道から境内へ。境内には、本殿、能舞台の他、浅間神社(富士塚の里宮)、神明社、甲賀稲荷社、将棋 堂(近隣の日本将棋連盟から奉納された大駒を納めた六角堂)などがあります。

参拝後、「千駄ヶ谷」駅方面に進みます。駅前に出る所に、公衆トイレがあり、トイレ休憩。

150203 (8).JPG右手に、室内スポーツ施設で有名な東京体育館

 

体育館を過ぎて、総武・中央線のガード下をくぐり、続いて首都高速道路をくぐります。外苑西通りを左折してその後、通りを直進。

左手に大きな森が見えて来ます。

ここは、新宿 150203 (11).JPG御苑。残念ながら、御苑南口は閉鎖中です。

 

150203 (12).JPG大京町交番前の横断歩道左手の一角に、川の跡があり、新撰組の沖田総司が療養後、逝去した屋敷があった案内板がありました。

 

次の大京町北の横断歩道前の狭い道を左側に入ると、正面に多武峯(とおのみね)内藤神社〔江戸時代、内藤清成が家祖 藤 150203 (14).JPG原鎌足を祀り創建。駿馬塚の碑が建立されている〕。

 

参拝後は、外苑西通りの一本手前の閑静な道を直進。四谷4丁目交差点を左折して、いったん新宿通りから国道20号線甲州街道へ。

間もなく、左手に新宿御苑〔江戸時代に信州高遠藩主内藤家の屋敷があった 150203 (17).JPG 150203 (18).JPG土地の一部が、明治に入り農事試験場を経て皇室の御料地となり、1906(明治39)年に完成した皇室庭園で、戦後一般に開放。広さ58万3千㎡の敷地内には、日本庭園、フランス式整形庭園、イギリス風景式庭園が巧みにデザインされており、四季折々、楽しめる。春の桜や秋の紅葉も有名で都心のオアシスとして人々の憩いの場になっている〕の大木戸門前へ。小生は園内を何十回も入園していて、今回はパス。

 

御苑の外壁に沿って約600mほど、玉川上水・内藤新宿分水散歩道150203 (19).JPG開放されていて、ペットを連れていたり、のんびりと歩いている人が行き交います。

 

150203 (20).JPG 150203 (21).JPG新宿門前の大きなイチョウの木を通り越すと、散策路の終点。

新宿高校を過ぎて左手に、赤い幟と鳥居が見えます。雷電稲荷神社〔ビル群に囲まれた小さな神社で、神社の創建は不詳。1928(昭和3)、花園神社に合祀されたが、雷電稲荷神社の跡地に、その後、鳥居と祠が再建・維持され、存続している〕へ。

 

甲州街道からの建物の景色は、青空に映えてよく観えます。人 150203 (22).JPG通りが一気に増える新宿ルミネ、新宿駅南口前は、何となく雑踏がうるさくて落ち着きません。

 

西新宿2丁目を右折すると、西新宿の高層ビル群が...。新宿センタービル(223m)、新宿三井ビル(225m)、新宿住友ビル(210m)...など。都庁の第一庁 150203 (23).JPG 150203 (26).JPG舎と第二庁舎の間の道を進みます。 新宿中央公園西から副都心2号線に入ると、どんどん都庁の建物が見上げるほどになって来ます。絶景ポイント、都庁第一本庁舎の南展望室へ。エレベーターで高層45階、高さ202mの展望台まで所要時間55秒。本日は、快晴で遠方までのすばらしい眺望ができました。

その後、新宿中央公園へと。高層ビル群の中で、異彩を放っているのが、東京モード学園コクーンタワーの白い網目のデザインが、低いながらも目立ちます。

 

公園内の散策(新宿白糸の滝エコギャラリー新宿新宿十二社熊野神社〔中野長者と呼ばれ室町時代の商人・鈴木九郎によって応永年間(1394~1 150203 (28).JPG 150203 (25).JPG 428年)に創建されたと伝えられている。鈴木 九郎は当初、自身のふるさとである熊野三山の若一王子を150203 (30).JPG150203 (29).JPG祀ったところ、商売が成功し家運が上昇したので後に熊野三山から十二所権現をすべて祀るようになったのが始まりとされている〕を終えて、

 

首都高速道路高架下をくぐり、大通りを渡ってから、住宅街を少し歩いた先に、次のポイント、刀剣博物館〔国宝や重要文化財の太刀の名作、眼を瞠るほどの刀剣類、刀装具、甲冑、金 150203 (32).JPG工資料など、伝統的な技術を伝えています〕。今回は外観のみ。

 

首都高速4号線の下の道路を小田急参宮橋駅方面に向かいます。

参宮橋駅を越えて突き当たりに、1921(大正10)年に 設立された東京 150203 (34).JPG 150203 (35).JPG乗馬倶楽部。ここも外観を覗くだけ。隣りにある、渋谷区立代々木ポニー公園(無料)に寄ると、かわいいポニーが5、6頭柵内にいて、エサを食べていて、人に慣れていておとなしい。

なお、引き馬乗馬(1、2月はお休み)や、ブラッシング、ニンジンのえさやりなど、ポニーとのふれあいが体験できます。

 

最後のポイント、西参道入口から 明治神宮〔1920(大正9)年に創 150203 (36).JPG建。明治天皇と昭憲皇太后が ご祭神。ヒノキ造りの日本一の大鳥居があり、国民的人気があって参拝者が後をたたない鎮守の森〕へ。

 

境内・参道は広くて、砂利道が長く続きます。大きな樹木に囲まれていて、キジバトの姿を見かけます。広々とした境内の参道を歩いて行くと、客殿横の鳥居を 150203 (38).JPG 150203 (39).JPGくぐって、御社殿へ。広く囲われた一角には、神楽殿御社殿(本殿)長殿客殿があり、社務所、車祓舎もあり、ツア ーの観光客や参拝客も多く、言葉から東南アジア系外人が目立ちます。神宮内には、御苑〔広さ83千㎡あり。江戸初期以来、加藤家、井伊家の下屋敷で、明治期に天皇縁の名苑〕もあり、四季折々の花木があり、目を楽しませてくれます。

 

御社殿を厳かに参拝した後、案内板のところを左折。いったんは代々木駅へと向かいましたが、今年からゴールがないことを思い出し、運賃を安く浮かせるため、途中から引き返して南参道(原宿駅方面)へ進みます。

神宮に奉献された日本酒や洋酒の酒樽が並んでいる前では、 150203 (41).JPG150203 (40).JPG真を撮るカップルが...。長い砂利道は歩きにくく、ハトちゃんは、細いコンクリートの側溝上も歩きます。長い竹ぼうきで落葉を集めている係員を横目に、高い木で緑に覆われている参道の出入口に向かいます。 南参道を抜けると、JR「原宿」駅前の神宮橋へ。

 

出入口から原宿駅手前のエレベーターで、東京メトロ千代田線「明治神宮前」駅へ。帰りは、大手町で東京メトロ東西線に乗り換えて、西船橋経由で幕張本郷駅まで。

 

代々木界隈の自然と歴史・文化や東京都庁などの高層ビル群、新宿御苑、そして最後に鎮守の森 明治神宮と、バラエティーに富んだ10キロでした。

 

 

 

2月1日(日)、ハトちゃんは駅ハイ期間限定コース「川越(小江戸)七福神めぐり(約9km)」(最終日)に参加。

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行きは、東京メトロ東西線で、「飯田橋」駅で東京メトロ有楽町線・東武東上 150201 (9).JPG線で「川越」駅へ。乗換えが少なく、運賃が安いので利用。駅を、9時30分受付より20分遅くスタート。一人なので、ゆっくりウォーク。駅前の陸橋を下ります。

 

コース

スタート 川越駅→妙善寺→天然寺→喜多院→成田山川越別院→川越城本丸御殿→川越市立博物館・美術館→氷川神社→川越まつり会館→時の鐘→蓮馨寺→菓子屋横丁→見立寺→妙昌寺→川越駅 

本日は、風は強いものの晴天でウォーク日和。まず、旧川越街道沿いの妙善寺毘沙門天)〔天台 150201 (6).JPG宗・開山尊能法印が寛永元年に建立〕へ。

次いで、仙波小学校脇を通り、広い道路に出て左折し、4つ目の角を右折します。今回のコース上には、円形の矢印が細かく付いていて、道案内は当初わかりやすい。道路前方に墓地と寺らしき建物が見えて来ます。入口は、ぐるっと回り道して寺の前へ。

天然寺寿老人)〔1554(天文23)年、栄海上 150201 (11).JPG人によって創 150201 (10).JPG建〕。境内には、 願掛観音様、六地蔵尊があります。

 

いったん、国道16号線に出てから細い道路に入って、何度もジグザクになっている道を、標識どおりに進みます。かなり多く矢印がありますが、ところどころ地面に接していたり、目線より低いところにあって、間違えやすい。前にウォーカーがいなかったのですが、一度同コースを歩いていたので、道の雰囲気を覚えていたので何とかクリア。「喜多院へ」の標識があり、ホッと一安心。

 

横断して、あとは直進のみ。左手に、校庭の広い川越第一中学校を過ぎて、中院〔正式には天台宗 PICT3828.JPG 150201 (14).JPG別格本山中院といい、古くは星野山無量寿寺仏地院と呼ばれ、鎌倉時代の終わり頃、無量寿寺から分かれたとされる天台宗の寺で、喜多院に天海僧正が来往するまではこの地の中心的な寺院であったといわれている。島崎藤村ゆかりの寺院として知られている〕へ。

 

 

  • 狭山茶発祥之地の碑
    円仁が京都より茶を伝え境内で茶の栽培を始めた。その後、川越藩領の狭山丘陵で茶の栽培が広まった。狭山茶は元は「河越茶」といった。30年ほど前までは境内に茶畑が残っていた。
  • 日蓮聖人伝法灌頂之寺の碑

本殿、鐘楼、庭園など閑静な境内の佇まいが趣きのある寺院でした。


 

続いて仙波東照宮〔日本三大東照宮の一つ。1616(元和2)年、駿府で徳川家康 公が没し、その遺骸を静岡から日光山へ移葬する途中、天海僧正によって喜 多院で四日間の法要が営まれたことから、1633(寛永10)年建立された。「寛永の大火」と呼ばれる大火 150201 (16).JPG事でよって、喜多院山門を残し、焼け落ちたが、徳川家光より喜多院復興の命令が下って、まず東 150201 (15).JPG照宮の再建が行われ1640(寛永17)年に完成〕へ。

漆塗りの極彩色の飾りが鮮やかな本殿・唐門・瑞垣・拝殿・幣殿・随身門・石鳥居と全てが重要文化財に指定されている。参拝すると、葵のご紋や社殿の柱には東照宮の名に相応しく立派な彫刻が施されていました。

 

喜多院大黒天)は、その先左側にあります。広い境内には、多くの観光客が参拝。近くに団体バス 150201 (21).JPG 150201 (17).JPG 150201 (20).JPGやタ クシーが止まっています。江戸城ゆかりの建造物に加え、山門・鐘楼門・慈眼堂などが重要文化財に指定されています。多宝塔もあり。

 

〔慈覚大師が、830(天長7)年に創建した天台宗の名刹。江戸時代初期、名僧天海大僧正が住職をつとめた寺として、また 江戸城から移築された3代将軍徳川家光・春日局ゆかりの建物をはじめとする、多くの文化財を所蔵している喜多院の名は川越、埼玉県を代表する寺院として有名。

徳川家康の信任を得ていた天海僧正が第27世住職になると、幕府からの厚い庇護を受け、江戸城から豪華な壁画や墨絵で装飾された「客殿」と呼ばれる家光誕生の間や、春日局が使用していた「書院」と呼ばれる化粧の間などを移築。また、日本三大羅漢の一つに数えられる五百羅漢は、人間の喜怒哀楽をよくとらえた様々な表情の538体石仏群〕。

 

続いて、参道を出ると、成田山川越別院恵比寿天)〔真言宗密教・大本山成田 山新勝寺の別院〕へ。休日で、七福神めぐりや参拝客がいっぱい。仕方ない 150201 (24).JPG 150201 (23).JPGのかも知れませんが、境内に駐車の立入を許可していたので、車があふれて参拝していても落ち着かない状態はいただけません。

 

 

その後、川越歴史博物館三芳野神社を通って、川越城本丸御殿〔1848(嘉永元)年、藩主松 PICT3840.JPG 平斉典が造営した 150201 (26).JPG150201 (30).JPGもので、武家風の落ち着 いた造り〕へ。江戸時代17万石を誇った川越城唯一の遺構が印象的。

 

 

 

 

道路を挟んで向かいには、川越市立美術館博物館の立派な建 150201 (33).JPG 150201 (32).JPG物。駅ハイ参加者特典で入館割引がありましたが、入館せずに外観のみ。

 

氷川神社の赤い大鳥居〔木製で日本一の大きさ〕前に、も 150201 (36).JPG 150201 (37).JPGのすごく立派な氷川会館150201 (38).JPG(結婚式場など)が...。

 

 

 

川越市役所前を通って、県道川越・栗橋線の蔵造りの街並みに入ります。

 

途中、ボンネット式の観光バスや人力車も見かけました。

150201 (39).JPG 150201 (43).JPG一番街に入ると、ここだけ、タイムスリップしたような感じ。まつり会館の館内を見学。2大山車の展示ホールやまつりのスライド上映で熱気と興奮を味わい、ポスター、写真、衣装など貴重なものを見せていただきました。

 

一番街は休日ということもあって、道に車が続いています。観光客が多く、蔵作りの街並み(平成11年「重要伝統的建造物保存地区」 「美しい日本の歴史的風土百選」に選定される)を観ながら、のんびりと飲食をしたり、ウィンドーショッピングを楽しんでいました。150201 (46).JPG 150201 (44).JPG

鐘つき通りを入って間もなく、時の鐘〔川越のシンボル・寛永の創建から 4代目で、90年以上も「時」を告げている。1日4回〕へ。

 

 

見学して写真撮影後、蔵造りの街並みに戻り、仲町の交差点を右 150201 (50).JPG折し、一本目を左折した細い通りを直進すると、蓮馨寺福禄寿神)〔浄土宗・大道寺駿河守正繁候が母堂のために1594(天文 18)年建立〕。子育呑龍さま(子供たちを預かり育て、貧しい人々を保護し、困りごとの相談に乗って解決)といわれます。 

 

次いで、いったん元来た道を戻って、NTT川越局の石畳の 150201 (54).JPG横丁に入ります 150201 (53).JPG 150201 (52).JPG。石畳の道を北上すると、両脇に寺社が 続く寺町。また料理屋の前の親水には、錦鯉などがうようよと泳いでいました。

 

 

その先の細い路地を入ると、菓子屋横丁があり、川越名物の芋煎餅や 羊羹、お土産品が店先に 150201 (56).JPG 150201 (59).JPG 並んでいて、店員のかけ声で活気があります。また、おじさ150201 (60).JPGんが風船で犬や刀、鉢巻きなどを作ってくれたり、駄菓子を売っていて、つい、足を止めて覗いてしまいます。子どもの頃に戻った雰囲気が味わえます。

 

 

傍に、見立寺布袋尊)〔蓮馨寺と同じ浄土宗。大道寺政繁が 1558(永禄元) 年、建立寺と名づけ、一族中の存貞和尚を小田原伝肇寺より招 150201 (63).JPG 150201 (61).JPG請して開山とし、のち見立寺と改めた〕があって、参拝。団体客が境内で打ち合わせ。

 

150201 (65).JPG 150201 (66).JPGそこから、マップを見ながらしばらく歩くと、新河岸川近くの妙昌寺弁財天)〔1375(永和元)年、日山上人が開創。日蓮宗大本山池上本門寺の末寺〕へ。ここが、最 150201 (70).JPG 150201 (69).JPG後の七福神めぐりの寺。結構、見立寺とは離れている感じ。動物の供養霊園が併設されています。

 

コースは、連雀町の交差点を左折すると、真っ直ぐに人通りの多い商店街を南下します。途中に、小江戸蔵里 (元酒蔵を改装した人気の物産施設)、クレアモール両側には、飲食店や洋装店、雑貨店など、活気ある 150201 (72).JPG商店街が所狭しと続きます。ゴールが川越駅となっていましたが、ゴールがないので、今回は東武東上線の「川越市」駅が近かったので、そちらへまわりました。

帰りも、東武線を利用して、行きと反対の経路で帰り、同じく東西線西船橋中央・総武線で「幕張本郷」駅へと。片道で、約300円もお得。

 

川越七福神めぐり昨年に続いて2回目川越の街は、30年前に「大学の進学相談会」で日帰り出張し、帰りに観光したのを覚えています。30数棟の土蔵造りの店舗が軒を連ねる風景は小江戸の名にふさわしく、「時の鐘」を含めて、ぜひ、残して置きたい「重要伝統的建造物群」です。 

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〔番外編〕

1/30(金)、今年初となる積雪の中、オジン隊(小生は悪天候にめげてキャンセル)の先輩3人は、当初の予定どおり、「川越七福神めぐり」を実行。

「風ニモマケズ、雨にもマケズ、雪にもマケズ」で、川越ウォーク&観劇&温泉を楽しみました。

後日、小生に送られたメールでの感想と写真の中から、抜粋してご報告いたします。

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150201 (1).JPG 150201 (2).JPG 150201 (4).JPG 150201 (74).JPG

 

 

 

 

 

『雪降りの川越でしたが、観劇が見られたり、けっこう思い出に残るウオーキングになりました。
 遠藤さんが観劇の途中で寝ていた姿はちょっと絵になりました。また、兼子さんの、舞台の役者さんの写真を撮る姿も絵になっていましたね。愉しかったです!』(山根副長

『傘をさしながらの奮闘ウォーク後、「湯遊ランド」では、お風呂だけではなく、大衆演劇を観ることができてラッキーでした。

若い座長のあでやかな着物姿は、美しかったです。機会があったら、また観劇したいと思いました』(遠藤副長

『橘一座の芝居と踊り、新鮮でしたね。追っかけの女性陣にも感動でした。一度、おひねりをかっこよく差し込んでみたい気がします』(兼子隊長

 

本当にお疲れ様でした。来月20日(金)山武のイチゴ一会 駅ハイで、またご一緒させてください!

 
 
 

 

本日(1/31)、土曜は、JR東日本高崎支社と秩父鉄道共同開催の長瀞 宝登山ロウバイ観賞ハイク(8km)に参加。

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コース

スタート 長瀞駅→宝登山神社→表参道→あずまや→宝登山神社奥宮→宝登山山頂(ロウバイ園)→あずまや→表山道→ゴール 長瀞駅

 

 

首都圏の前日の雪、みぞれの悪天候とは一転して青空が広がりました。ハトちゃんは、意を決して、家を6時半前に出発。

西武池袋・秩父線よりも乗車時間が短いのと多少運賃は高かったのですが、片道約2時間40分かけて、高崎線まわりの熊谷駅で秩父鉄道に乗って長瀞駅へ。長瀞は電車で初めて訪れました。

 

スタートの秩父鉄道「長瀞」駅は、ロウバイのシーズンということもあり、駅ハイ参加者だけでなく、ハイカーもたくさん来ていました。

コースマップ(A4判の簡単な地図の載ったチラシ)1枚と、缶バッチ、 150131 (1).JPGロウバイの描かれた記念てぬぐいをもらって、スタート(9:46)。

ハトちゃんは、本日はゆっくりウォーク。多くの参加者の後に付いて行きます。駅前から宝登山神社へは上り坂(岩だたみ道路)を一直線。途中、昔、観光地にあった「射的 150131 (2).JPG 150131 (3).JPG場」があり、レトロの雰囲気に。

鳥居手前の道路脇には、近くの農家で収穫した新鮮な野菜が置かれている無人直売所が。 150131 (4).JPG

 

横断歩道を渡って、大鳥居の下をくぐって、長い参道を進みます(9:50)。

交通案内のおじさんに、「山の高さと登りの時間、それとロープウェイへの道と 150131 (5).JPG混み具合を聞くと、『本日は臨時便の運行と早朝なので、待たないで乗れる』 とのこと。日陰の部分には、まだうっすらと雪が積もっていました。

昨日の降雪や体調を考慮して、行きだけロープウェイを利用することに。

 

 

その前に、右手にある最初のポイント、宝登山神社〔発祥は約1900年前にさかのぼるといわれ、

日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が宝登山の山頂を目指し、道中で山 150131 (9).JPG 150131 (8).JPG火事に襲われたが、その前に白い影と黒い影が突然現れ、猛火に飛び込み、荒れ狂う炎を消し止めた。影のように見えたのは犬で、尊は神犬と信じ、この山を「火止山(ホドヤマ)」と名付け、祀った。こういった由来もあり、神社は、火災盗難除けなどのご利益で知られていて、また「宝の山に登る」という縁起のよさから、年間に約100万人の参拝者が訪れる〕
150131 (10).JPGへ石段を上って参拝(9:58)。

参拝後、コース矢印に沿って、表参道を進みます。晴れて気持ちが良いのですが、やはり山ということもあり、空気は冷たい。

 

左側に「山麓」駅が見えて来て、行ってみると、待ち人は少なく、ちょうど降りて来たロープウェイ(愛称、ばんび)に並ばずに乗ることができました 150131 (14).JPG(10:13)。

 

「山頂」駅までは5分ほどの乗車でしたが、眼下にハイキング山道、雑木林、秩父市街と後方に秩父連山が良く観えました。

 

山頂」駅に降りると、切符は記念に持ち帰ることができて、広場には飲食店や土産店が並んで、休んだり、食べている人たちで賑わっていました。

ハトちゃんは、ロープウェイ内が人いきれで暑かったので、毛糸の帽子を脱いで脇に抱えて、早速、 150131 (16).JPG眺望の良い場所へ。秩父の山々がくっきりと観えました。

写真を撮りながら、ふと見ると脇に抱えていた帽子がありません。付近を探すも見当たりません。

駅まで戻って、駅員さんに聞いても、届いてないとのこと。先月の「富岡製糸場」駅ハイ手袋忘れ物事件の二の舞かと、一瞬、脳裏を霞めて、あたりをうろうろしていると、ちょうど前に小生の帽子を持っている中年の男性が。

『その帽子、私のです』と...。すると、すぐに渡してくれましたが、『風で飛んで来た......』と、返答がしどろもどろ。疑うことは悪いので、御礼を言って別れましたが、「ろうばい」観賞前に、危うくショックになるところでした。 『くわばら、くわばら...』

 

観光客でいっぱいの「ろうばい園」は山道に沿って広がっ 150131 (21).JPG 150131 (18).JPGていて、無料で観賞できます(10:24)。

山の斜面および山道には、3種類〔素心満月ロウバイ〕が、3千本ほど植栽されていて、ちょうど満開か、少し満 150131 (20).JPG 150131 (19).JPG開を過ぎたあたりのロウバイ 150131 (31).JPGが黄色く咲き誇っていて、濃厚な甘い香りを漂わせています。三脚持ちのカメラマンやスマホやデジカメで花や景色を撮っていました。

また、桃色の寒桜も 150131 (38).JPG 150131 (37).JPG咲いていて空に映えて、華やいだ気分に...。

 

 

案内板に沿って登って行くと、丸い丘状の場所が宝登山山頂(標高4 150131 (24).JPG 150131 (25).JPG 150131 (26).JPG97m)で、360度展望できます(10:30)。天気が良かったので、低山ながら山並みを見渡せる絶好のロケーション。

 

150131 (29).JPG

 

 

来たついでに、神社奥宮も参拝(10:36)。雪解けでぬかるんでいる場所もあ 150131 (34).JPGりました。

 

帰りは、表山道 関東ふれあいの道)を下って行きます(10:47)。途中、麓か 150131 (41).JPG 150131 (43).JPGら登って来るハイカーとすれ違い。家族連れや団 150131 (45).JPG体客も和気藹々と休日ということもあり、かなりの割合。

雪がだいぶ残っていて、小生は、古い運動靴で歩いていたので、結構、滑りました。一度、手をつく箇所がありましたが、デジカメは落とさずに何とか最後まで歩けました。

 

宝登山神社横を通って、そのまま朝来たゆるやかな坂を下って駅前へ。

 

長瀞ライン下り こたつ舟(冬季限定)」の大きな看板と、船を描いて顔が出せる記念の立て看板と切符売場がありました。観光案内所に寄って、チラシをもらっていると、駅 150131 (46).JPGハイ常連の四街道在住のNさんとバッタリ。11時を過ぎていたので、受付は終わっていてポイントはつかず。途中、拾ったマップを渡してあげればと去ってから気がつきました。

挨拶後、汗をかいた下着を着がえて改札口から入ると、羽生行が入線していて、間もなく発車。

予定より早い電車(11:37)に乗って、帰宅。途中の車内で軽食を食べた後、2、3回、眠ってしまいました。

初めて電車の旅で訪れた長瀞は、一面の黄色いロウバイと秩父の山々、歴史・文化を通じて、一足早い春の訪れを感じました。暖かくなったら、荒川のライン下りで岩畳を周遊したいですネ。

 

 

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