「両国~向島 文学散歩(約8.5㎞)」
コースは;JR両国駅
両国観光案内所
回向院
芥川龍之介成育の地
小林一茶居住の地
芥川龍之介文学碑
江東義塾跡
両国橋
両国リバーテラス
言問橋
すみだ郷土文化資料館
正岡子規仮寓の地
森鴎外住居跡
吉川英治旧居跡
向島百花園
東向島駅 
両国観光案内所
回向院
芥川龍之介成育の地
小林一茶居住の地
芥川龍之介文学碑
江東義塾跡
両国橋
両国リバーテラス
言問橋
すみだ郷土文化資料館
正岡子規仮寓の地
森鴎外住居跡
吉川英治旧居跡
向島百花園
東向島駅 
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4月27日(木)快晴。オジン隊は両国駅に10時集合。1年前の5月25日以来の両国へ。ハトちゃんには今年初の駅ハイ。4人が久しぶりに揃いました。駅西口の観光案内所からスタート。マップを見ると、前半は昨年とほぼ同じコースで、その後、隅田川沿いを浅草方面に向かって歩き、向島百花園から東向島駅がゴールとなっていました。政府の新型コロナの2類から5類への移行が「大丈夫なのか?」が話題に...。
スタート後、橋を渡って南口駅前通りへ。横綱の土俵入りと手形の彫像が通りにあり、両国が相撲のまちだということを現わしています。直進し、国道14号線にぶつかると、正面に特徴的な山門の回向院[浄土宗:1781(天明元)年以降に、境内で勧進相撲が興行され、今日の大相撲の起源となる。国技館建設までの時代の相撲を指して「回向院相撲」と呼ぶこともあり、1936(昭和11)年には大日本相撲協会が物故力士や年寄の霊を祀る「力塚」を建立〕へ。回向院脇に旧国技館跡の看板あり。院はビルの間にあり、強いビル風が吹いていました。
参道を進むと竹林の先に、慰霊碑「力塚」の太字と大きい石碑が目を惹きます。また無縁仏の埋葬やペットの埋葬・供養塔、水子地蔵の発祥の地となっています。奥には、江戸時代の盗賊、鼠小僧次郎吉の墓があり、長年捕まらなかった運にあやかりたいと、墓石に似た鉱物を削り取ると勝負事に強くなるといわれています。その他、願い事が成就すると塩を供えたことから、「塩地蔵」と呼ばれるお地蔵さんや六大浮世絵師の一人として評価されている「鳥居清長」の墓があり、「長林英樹信士」は人名のように感じますが、彼の法名とのこと。
回向院を参拝後、14号線を錦糸町方面へ向かって直進すると、向かい側に芥川龍之介成育の地がありましたが、向かい側から場所を推測したのみ。緑一丁目交差点を右折して清澄通りの二之橋北詰め交差点の先に、小林一茶居住の地の案内板があったのみ。馬車通りまで戻り左折、馬車通りを進み突き当りの道路を右折して間もなく両国小学校。敷地をぐるっと回ると正門角に芥川龍之介文学碑。
石碑の表面が黒光りしていて、写真撮影すると自分が写ってしまいます。
その後、前回も来たなまこ壁前の記念碑を発見。
「忠臣蔵」で有名になった赤穂四十七士が討ち入った吉良邸跡・本所松坂町公園へ。園内に吉良上野介の像と松坂稲荷が奉納されていて、上野介の首洗いの井戸がありました。ここで記念撮影。
そこまではコースどおりでしたが、前回と同様に道を間違えて江東義塾跡や春日野部屋は確認できず「迷い道く~らく~ら♪」。
とりあえず、隅田川脇から階段を下りて、隅田リバーサイドの遊歩道へと...。首都高速6号向島線の高架下を歩きます。川の流れはゆったりと流れ、ときおり水上バスや屋形船や貨物船が通り過ぎて行きます。
リバーサイドには花壇や壁面に大きなパネルが飾られており、
災害時の潮位や両国の今昔などが描かれています。また岸辺には喫茶店やビル群、高層マンションなども見受けられ、川や次々と現れる橋(両国橋~桜橋)の形状や眺望を楽しみながら歩いて行きます。
ハトちゃんは急用ができてしまい、マンション両国リバーテラス前で先輩たちと別れて、早退することに...。石段を上がると、反対側の両国国技館前に出て、後方に東京スカイツリーも見えました。そこから両国駅まで徒歩3分。本日の歩行距離は約3㎞と物足りない結果になりました。
以後の様子は、兼子隊長のメールで紹介いたします。
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今日は天気も良く、と言っても昼は暑いくらいでしたが、無事終了しました。ハトちゃんにいただいた割引券は、お店がなく使えませんでした。東向島駅前のサイゼリヤで、ランチとビールで歓談しました。
残念だったのは、コースのポイントがいくつか確認できなかったことですね。
今回は8.5キロの予定で19,000歩。久しぶりに歩き回った感じです。
それではお元気で。今宵は疲れたので早く寝ます。

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