11月26日(日)ハトちゃんは3連荘になるも都内ウォークへ。絶好の小春日和ですが強風。
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コースは約13km; 水道橋駅 小石川後楽園牛天神北野神社印刷博物館東京大神宮昭和館北の丸公園日本武道館学士会館東京都水道歴史館文京シビックセンター(25階展望ラウンジ)水道橋駅
まず、JR水道橋駅西口の駅ハイ受付へ。9時過ぎに着いて、10分ほど待つと、スタート開始の15分前から受付。都内では珍しく早め。
最初のポイントは、小石川後楽園。JRA、東京ドームへの連絡橋が架かる外堀通りへ。マップでは 飯田橋ハローワーク前まで直進でしたが、小石川後楽園の外壁に沿った遊歩道を知っていたので外壁沿いを歩いて紅葉を観賞。また小石川後楽園展示室も覗きました。
小石川後楽園〔1629(寛永6)年、水戸徳川家の頼房の中屋敷とし て造ったもので、光圀の代に完成。回遊式築山泉水庭園で、中国の風物も取り上げた中国趣味豊かで、「後楽園」は中国の范仲淹「岳陽楼記」から名づけられた。国の特別史跡・名勝の二重指定を受けている〕出入口へ。紅葉観賞のイベント中。多くの観光客が押し寄せていました。
入園して、紅葉の樹木と造園、池の後方に東京ドームが観える場所へ。青い空と紅葉が、池に逆さの光 景も映っていて、ビュースポットとして最適。池では鯉がほとりに集まっていました。「庭園スタンプラリー」も実施中でしたが、ハトちゃんは今年は集めていないのでパス。
続いて、園を出て右折。外壁沿いにまっ黄色に色づいたイチョウも見えました。突き当たって左折し、右の細い道に入って間もなく、牛天神の看板。急階段を上ると、上に牛天神北野神 社の社殿。
受付では、お茶のサービス。飲み終わって開運招福・心願成就の紙コップをいただきました。
階段を下りると、後から来たウォーカーと出会いました。先ほどの信号「牛天神下」を右折して突き当たり、左折。間もなく右手に幅広の安藤坂が見えて来ます。坂を上らず首都高速道の方向に進み、白鳥橋の信号を右折すると、前方に(株)凸版印刷の 高いビル(地上21階)が聳え立っています。
建物の下まで行って、時刻を見ると10時前。印刷博物館〔印刷をテーマにして、機械や写真・資料などを展示〕は一度入館していたのと開館前だったので先を急ぎます。
首都高速道下の目白通り・神田川の小桜橋を渡って飯田橋 方向に歩いてガソリンスタンドを右折すると、印刷所や製本所がならぶ印刷の町へ。本日は日曜なので、小型運搬車や車の出入りがなくて静か。
仕事現役の頃、印刷物の出張校正のためよく来た町で懐かしく感じます。
早稲田通りまで直進。通りに出たら右折し横断。牛込警察署の先が神楽坂上。神楽坂も学生や仕事をしていた頃、よく歩いていました。近辺の感じは変わっていませんが、お店がだいぶ入れ替わっていました。
神楽坂を進むと、途中、右手に善国寺〔日蓮宗;安土桃山時代の1595(文禄4)年、池上本門寺第12 代貫主である日惺上人により創建。本尊の毘沙門天は江戸時代より「神楽坂の毘沙門さま」として信仰されている〕を参拝。
坂を下って行くと、外堀通り近くに「神楽小路」。昔からの飲食店が軒を連ねています。
外堀通りを横断して、牛込橋を渡って、JR飯田橋駅西口前を通って、日本医科歯科大学の建物を過ぎると商店街へ。
途中、約20年前からあった「あおもり北彩館」〔青森県物産振興協会が運営;物産・観光などのアンテナショ ップ〕前を通って、東京大神宮〔東京における伊勢神宮の遥拝殿として1880(明治13)年創 建。昭和に入り、現在地に移転。戦後、「東京大神宮」 に改名〕へ。社殿の造りが、伊勢神宮に似ています。
本日は境内で結婚式や休日の祭事が行われていて、伊勢の「赤福」とお茶が寄付金でふるまわれていました。
参拝後、筋トレの時間(9~12時利用可)に間に合わせるため、先に進まず飯田橋駅へ戻ることにしました。
外堀公園に出ると通勤で通った記憶と母校の建物が遠方に見えました。
牛込橋の前でビックリ。駅舎がありません、駅整備工事中で、何と交番先に飯田橋駅西口が移動していました。
改札口までは階段があって、下りると下りホームの最後方に出ました。飯田橋駅西口というと、改札口までの長い通路が大変だったのですが、それは平らで長距離だけだったのですが、今度は階段。駅の名物が一つ消えました。
もう一つのホームと車両ドアとの間隔の広さは今までどおりで、カーブにホームがあるので仕方ないのでしょうがいつも不安に感じます。忘年会時に女性が片足落ちたシーンを見ていますので。
本日の駅ハイは、約5kmを1時間20分歩きました。
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