5月18日(土)、品川の@風来坊こと、兼子先輩と、駅ハイ(in 浜金谷、鋸山)に行って来ました。ハトちゃんは、いつもの内房線で向かいましたが、自称、シティーボーイは東京湾アクアラインを横断するバスで木更津まで来て、一緒の列車に...。
浜金谷駅に8時24分到着。受付の手続き後、呼び止められます。相変わら ず、髭を蓄え、ニコニコ笑顔。
行楽日和で、参加者が多い。コースマップをもらい、前のウォーカーの後に続 く...。ハトちゃんは、1年半前に、地元習志野のウォーキング教室で鋸山を登ることになっていましたが、バスの集合時間を1時間間違えるポカ。登れなかった痛い経験の山に今回リベンジ。
コミュ二ケーションセンターでトイレ後、兼子先輩と和気藹々で「やじきた道中」のように、押し問答しながら、徐々にペースを上げます。「やじ」がハトちゃん(野次るのが得意)で、「きた」が何でも受け止めてくれる先輩かな? 駅ハイでよく同行する中村さんも前を歩いていました。
駅前から、矢印に沿って歩いて行くと、天王神社を過ぎて、内房線を跨ぐ天王川橋梁を 渡り右折。途中、ヒカリモ発生地の洞窟で金色に輝くヒカリモに...。また、あたりには、戦時中の防空壕が点在。田園風景が続く田んぼでは、カエルの声がひっきりなし。
富津館山道路高架下を通って、やっと鋸山車力道入口にさしかかります。車力道 (左側の道)の山道を進みます。右側の登山道は観月台コースで本日の復路コー ス。車力道は、石切職人が木製の荷車に石を載せ、ブレーキをかけながら急斜面を下りた道。石敷きに2本のレール幅が残っていました。運搬した人を車力と呼んだことから名前がついて、女性が空の荷車を背負って頂上まで上り、一日3往復したそうです。新緑がまぶしい道は、木洩れ日が漏れる場所に苔が茂っていたり、ウグイスのときおり鳴く声で癒やされます。
階段が続いて、低山と思っていた以上に、結構、きつい行程。途中、暑くなって来て、1枚上着を脱ぎました。
意外と平らになる所がなかなか無くて、小休止する適当な場所が見つからず、黙々と登り続けます。やっと、ベンチがある休憩所へ。休んでいるウォーカーが少数。水分補給をして先を急ぎます。
急登を進んで行くと、展望台と石切場跡との分岐点。半分ぐらいのウォーカーは、展望台には行かずに石切場方面に向かいます。
われら「やじきた」コンビは、足に自信があったのとせっかく来たので、展望台へ向かう。しかし、急傾斜の階段が続いてこれが大変。足がパンパンになるのと、息が切れて、途中、降りて来たウォーカーに「あと、どれぐらい?」とつい聞いてしまう弱音も。
展望台に着くと、ウォーカーがいっぱい。東京湾に浮かぶ船や水平線、三浦半 島や眼下の市街地が一望できて、登って来た甲斐がありました。鋸山は「関東の富士見100景」に選定されています。
帰りの急階段を戻ると、これから展望台に上がる人たちに「もう少しです。頑張れ!」のエールを...。
吹抜洞窟(切った石を保管した場所)があり、丸池、三角池〔崖を伝わって流れて きた雨水が溜まったのか小さな池〕周辺にはカエル等が生息して、おたまじゃくしを発見。
切通し、岩の回廊を抜けて、興味津々でコンサートができる会場へ。岸壁の前にベンチがあって、声を出すと、周囲にこだまして独特の音響。ただし、ここへ来ることを考えると大変。石切場跡〔江戸時代から昭和後期まで房洲石を採集していた跡地。良質石材として横浜港高島桟橋や靖国神社、早稲田大学大隈講堂の石塀などに使用〕では、そそり立つ垂直な岸肌が何層もあり、すごい迫力で目の前に。「これぞ、のこぎり!」 きたさんは、「きた甲斐があった」とダジャレ。
間もなく、日本寺〔約1300年前に開かれた関東最古の勅願所で、数多くの名僧が修行に訪れた珍し い古道場。正しくは乾坤山日本寺と称し、境内には日本一の石大仏や百尺観音、千五百羅漢などの数多くの石仏が散在〕の北口管理事務所へ。ここで駅ハイ特典の拝観料半額で先へと進む。山の途中で、拝観料をとられるのは癪だが、仕方ないのかなぁ? 「半額で300円なら、まぁいいか」
拝観料を支払い、中に入ると、百尺観音〔石切の絶壁の跡に刻み込まれた高さ百尺(約30.3m)の観音様。1966(昭和41)年完成〕が左手に大きく浮かび上がります。
その後、寺の中(山道―舗装道)を歩いて、周囲を眺めながら観光。次に、山頂展望台(海抜329m)へ。離れたところに切り立つ岩盤の上から下を覗き見る地獄のぞきが見えま す。目がくらみ足がすくむ高所恐怖症には怖い断崖絶壁。ハトちゃんは、危険なので棄権? つい、大地震などを考えてしまいます。
度胸のあるきたさんのみ先端で「地獄のぞき」を体験。両手バンザイ!でポーズ。岩壁が突き出て いる様子が分かります。遠くから眺めているのはまだ良いのですが、眼下はすごく深い谷になっています。
せっかくここまで来たので、大仏へ向かいます。途中、いろいろな観音、地蔵などを見て、急な坂道や階段を だいぶ下って、売店前まで辿り着きました。大仏広場へ行くと、大仏〔1700年代後半に刻まれた が、自然風化などにより崩壊があり、1969(昭和44)年復元。薬師瑠璃光如来の名を持つ、高さ31mの日本一の石大仏で、世界平和、万世太平を願う〕が正面に聳え立っています。
下りは、観月台コースの山道を行かずにロープウェー〔スイス製の新型ゴンドラ〕を利用して、約4
分。一番前で、大パノラマを展望。紅葉の季節にもう一度乗って紅葉狩りに来たい(期待)と。眼下に浜金谷港、浦賀水道、対岸に三浦半島が...。
下へ降りて、右手の舗装道1kmほど進むと、金谷橋。渡って、左折し、海岸手前の道路へ。かなやベースは、ボランティアによる古 いホテルを改装したまちおこしの拠点 。アートスペースなど。しかし、コースは建物裏手の壊れたプールや痛んだ建物の横を通るのには、ビックリ。
その後、海岸通りを過ぎて、ザ・フィッシュ〔食事と買い物が気軽に楽しめる人気のスポット〕を過ぎて、左手正面にゴールの東京湾フェリー浜金谷港・恋人 の聖地モニュメント〔県内初の「恋人の聖地」に認定された金谷に、約2.7mの「モニュメント」が誕生〕前へ。
ゴールだと思ったモニュメント前には受付がなくて、テントを探して、やっとゴール。特産の甘夏と金谷名物のかじめ汁〔コンブ科の海藻
の味噌汁〕をいただきました。かじめ汁は、ねばねばして美味しかった。
ゴール受付を済ませて、2人でお土産を物色。駅へ向かう途中に「レストランガスト」があったので、ハトちゃん恒例の割引券を使って、遅くなっていた昼食のランチを注文。
ハトちゃんは、妻の実家で農作業のため、きたさんを残し早々に店外へ。電車との時間調整で、駅 前をぶらぶら歩いていると、合掌館(コーヒーハウス)、日帰り温泉「金泉館」に入湯するきたさんと出会い、再度、別れの挨拶。
時間に余裕のあるシティーボーイは、帰りはフェリーで快適な船旅だったそうです。
小生にはJR浜金谷駅(12:34発)から、成田線小見川駅まで約3時間の長旅がこのあと待っていました。
鋸山〔石を切り出した跡がギザギザで鋸の刃に似ていることから名前が付いたといわれている〕は、奇岩・名勝の宝庫で、結構、きついハイキングでした。山頂からの爽快な大パノラマや、断崖絶壁、奇岩の岩肌などを観られて大満喫。
もう一人の先輩、遠藤ウォーカーにも、ぜひ案内したい絶景・体感コースです。