「JR ウォーク」で まちなかハイキング(桐生)

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10月1日の千倉駅ハイに続き、ハトちゃんは10/3(金)、駅ハイ 桐生「悲劇の才人 渡辺崋山の足跡をたどるまちなかハイキング(約9km)」に、行って来ました。

上野から宇都宮線に乗って、小山で乗り継ぎ、両毛線で約1時間で桐生駅に到着。

両毛線は、全駅ドアは手動式。乗る人も降りる人も、ぼやっとしているとドアが開かない ので、初めての乗降客は一瞬たじろぎます。

8時53分に、桐生駅に着くと、本日は期間設定コースの3日目というのに、駅ハイ参加者の姿が見えません。

 

〔コース〕

スタート 桐生駅前「桐生観光物産館わたらせ」→岩本茂登の墓→岩本家跡→有鄰館〔チェックポイント〕→桐生天満宮→美和神社→雷電山(水道山)→織石山→ゴール 桐生駅

 

桐生は、今年の5月31日に七福神めぐりに来て、七福神の 最後の西方寺で時雨に遭って、あわてて近くの「セブンイレブン」に駆け込むと、ヒョウが降って来たことを思い出します。今回のコースは、9kmと前回に比べ3kmほど短いので楽そう。

天候は、千葉では10月で観測史上一番の暑さで30度を超えたそうですが、桐生は意外と湿度が低くて、秋晴れのウォーク日和。

スタートは駅構内の「桐生観光物産館わたらせ」で受付。 DSC09772.JPG

 

南口前からロータリーを抜けてすぐ左折。途中に「絹撚記念館」〔大正6年に建築された撚糸工場事務所棟で県内最古の洋風石造建造物。現在は市の郷土 DSC09774.JPG資料を展示〕があります。「桐生」といえば絶対に外せない「織物」の町。まちなかには絹遺産群としての繭と絹のスポットが...。その先を右折して新川公園を過ぎて、錦町十字路を左折して本町通りへ。

しばらく歩いて、両毛線高架下をくぐって北口方面へ。この辺で、矢印がコース上だけでなく、別のコース(短縮コース)の矢印もあって、非常にわかりづらい。

本町五丁目交差点を右折して、末広通りへ。

真っ直ぐ進んで、中通りを過ぎて、しばらく歩いて左折。矢印が無く、地元の DSC09778.JPG DSC09777.JPG人に道をたずねて、最初のスポット岩本茂登〔渡辺崋山の妹〕の墓へ。

ここで難問が生じます。

標識はあるものの、墓群の前は鉄柵があって、鍵が固い。仕方なく近所の方に言って、開けてもらいました。他のウォーカーも、迷うと思います。

織物参考館 紫」〔館内で染色や手織の体験ができる体験型博物館〕横を通って、中通りを越えて本町通りへと直進。

道幅が広くなって、本町四丁目交差点へ。

DSC09780.JPG右折して、広い通りの歩道を二丁目まで。道にオブジェが間隔をあけて立っています。

 

右手に、土蔵やレンガ造りの建物が目を惹きます。 DSC09785.JPG DSC09790.JPG

市指定重要文化財の有鄰館矢野本店店舗及び店蔵〔二代目矢野久左衛門が1749(寛延2)年に店舗を構えて以来、商業の発展に寄与してきた土蔵群。酒類、醤油、味噌などの醸造を行ってきたところで、江戸から大正期にかけて建築された〕敷地内の左手に、展示場になっていた有鄰館(チェックポイント)でスタンプを押印。

 

DSC09788.JPG事務所の方に、岩本家跡を聞くと、手前の「前原」という表札の家になっているとのこと。岩本家跡〔崋山はこの場所を足がかりに活動を続けた〕を確認。

 

押印後、本町通りを直進して、桐生天満宮へ。道の両側が桐生新町重要伝統的建造物群保存地区になっていて、1591(天正19)年 DSC09792.JPG、徳川家康の命を受け、大官大久保長安の手代 大野八右衛門により新たに町立てされた在郷街として発展し、絹織物業を中心に発展してきた桐生を象徴する家並み群(主屋や土蔵、ノコギリ屋根など)が並んでいます。

 

桐生天満宮〔桐生新町創設にあたり、現在地に遷座されたと伝えられる。社殿 DSC09797.JPG DSC09804.JPGは権現造で、本殿と幣殿の外壁に極彩色の装飾が施されている〕に行くと、ちょうど参拝に来ていたご夫婦の記念撮影でパチリ。人のカメラは慣れていないので、シャッターは2回目に成功。

参拝後、すぐ近くの群馬大学同窓記念会館で催物をやっていて、粗品をもらえると、スタート受付で聞きましたが、大学キャンパスには立ち寄らず。

その後、山手通りを駅に戻るように進みます。

 

歩道が車道よりもだいぶ高くなっている場所に来て、七福神コースでも DSC09815.JPG DSC09808.JPG通った美和神社に参拝。逆コースで歩いたのを懐かしく感じます。入口の横に傾いた松が。

小曾根町交差点では、左手に野球で全国制覇もしたことのある桐生第一高校の校舎。

 

続いて、左手の坂道をくねくねと登って行くと、水道山の駐車場へ。展望台までは、さらに登ることになるので、疲れて来たので断念し、道なりに進む DSC09819.JPG DSC09820.JPGと、桐生市の水道山記念館〔1932(昭和7)年に、桐生市の水道事務所として建てられた〕に立ち寄ります。

見学後、前の急な下り坂を下りると、DSC09822.JPG坂を往復する練習中の親子に出会いました。

下りた途中に、広場がある織石山の中腹へ。左手にうっそうと茂る林の織石山が見えました。

下りきって、まちなかを進むと、右手に上毛電気鉄道の「西桐生」駅。 

 

駅と反対の地蔵通りの突き当たりに、桐生織物記念館〔1934(昭和9)年、桐生織物協同組合の事務所として建築され、「織都」の別称を持つ桐生の隆盛を今に伝え、国の登録有形文化財に指定されている。1階DSC09824.JPG DSC09829.JPGは、織物製品(和装織物・桐生帯や着物など、洋装繊維製品・生地)を産地価格で販売2階織物資料展示室〕があります。

 

資料展示室内を見学。桐生織の歴史と伝統、七つの技法を用いて織られた和装織物の豪華絢爛さ、織機の種類な

ど、過去から現在までの移り変わりを紹介していて、ガイド DSC09838.JPG DSC09831.JPG DSC09834.JPGさんも希望すれば付いてくれて体系的に学ぶことができます。

 

また、手織りコーナーでは、ガイドさんの指導のもと、織機による手織りを体験していたサラリーマンのグループに遭いました。織っているうちに、真剣になっていって、結構、はまっていました。

ここで、帰りの電車時刻にあわせて、ゆっくりしました。

 

DSC09840.JPG観光物産館わたらせゴール受付をすると、本日の参加者は2名のみ、挨拶をして桐生駅へ。

今回は、渡辺崋山の足跡をたどったというよりも、桐生の織物の歴史・文化に触れた印象が強い駅ハイでした。一点だけ、矢印の間違えやすさ、天満宮から先の矢印の少なさは、よく歩いている小生には不満が残りましたが...。

とにかく、明日もさいたま市南区の駅ハイ。天候が良さそうなので、期待しています。

 

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このページは、hatochanが2014年10月 6日 14:38に書いたブログ記事です。

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