「JR ウォーク」で 高尾のミツバツツジを観賞

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まず、14日夜と16日未明に起こった熊本地震で、被災された方々に御見舞い申し上げます。今後も余震などによる二次災害にも十分注意されますことを、心からお祈りいたします。

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コースは;高尾駅右夕やけ小やけふれあいの里 スタート 口留番所跡右もみじの大木右陣馬高原下右煉瓦造りの蔵・黒塀のお屋敷右関場(尾崎家長屋門建物)右上恩方郵便局住吉琴平神社合社(宮尾神社)右夕焼小焼の歌碑右夕やけ小やけふれあいの里 ゴール 右高尾駅

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ハトちゃんは、4月15日(金)、実家のある西八王子駅から一つ目の高尾の駅ハイ「春に咲き誇る壮大なミツバツツジを愛でながらノスタルジーを感じる街並みを歩く(約8km)」に参加。腫れて暖かく行楽日和。

スタートの夕やけ小やけふれあいの里へは、JR高尾駅北口1番バス停 160415 (1).JPGからの始発。8時34分発なので、15分前に行きましたが、リュックを背負ったハイカーが20人くらいすでに並んでいました。

 

陣馬高原下行きで、高尾山へ縦走する人気コースでハイカーがいっぱい。

出発までには倍以上の人数になり、何とか座れて隣席の女性ハイカーとおしゃべり。途中、亡父が眠る都営霊園前を通過。さらに、舗装されているとはいえ、バスはくねくねとした陣馬街道を走ります。大久保のバス停で、京王八王子駅からのバスと接続。

昔は、陣馬高原下までは、京王八王子から出発していましたが、現在は八王子からの直通バスはありません。

北浅川に沿って、八王子の田舎といわれる恩方地区へ。狐塚近くには、マス釣り場もあります。

大学生の頃、陣馬高原近くの特別養護老人ホームに週1回ボランティアで来訪した際、この道を通ったことを懐かしく感じました。

 

夕やけ小やけふれあいの里スタートの手続き。受付の方々は、とても親切で、コースと資料などをいただきました。

出入口の管理事務所前から入場すると、まずふれあい牧場のポニーと、横に 160415 (3).JPG展示してあるボンネッ トバス〔1982~2007年まで陣馬街道を走っていました〕がノスタルジックな雰囲気。

金の星橋を渡ると、眼下には清流が流れていて、広場の前にはこんもりとした森が続き、バーベキューのできるキャンプ場があり、炭焼き小屋も。北高尾山を経て、陣馬山、高尾山、八王子城址へ続くふれあいの道も続いています。

 

戻って、夕焼小焼館には、「夕焼小焼」の作者、中村雨紅と、地元下恩方町生まれの写真家、前田真三の展示・ギャラリーがあって、エレベーター3階から屋外に出ると、四角錘の 160415 (6).JPG 160415 (11).JPG 160415 (12).JPG屋根のふれあい館のまわりに、約3,000本の薄紫色のミツバツツジが群生となって目の前に...。

今年は暖冬のせいか、4月中旬でもすでに満開が過ぎている感じ。それでも、今が一番見頃で、圧巻。

  160415 (8).JPG 160415 (9).JPG

花の間を縫うようにゆっくり観賞後、管理事務所前まで戻り、陣馬街道に出て宮の下バス停前まで行 160415 (15).JPG 160415 (13).JPGくと、ふれあいの里の花壇のチューリップや街道から丘の斜面づたいに、ミツバツツジの花咲くふれあい館を見上げることができます。

 

 

そこからコースマップのポイントを歩くことにしました。途中に中村雨紅の墓がありました。文化農園 160415(23).jpg温室のそば(農園の外)に「高井家之奥津城(おくつき=墓の事)」と書かれ、ひっそりとたたずんでいます。なお、高井家となっているのは、雨紅の本名が高井 宮吉であるため。

 

本日は、ミツバツツジの観賞が主目的なので、陣馬街道の関場160415 (19).JPG 160415 (18).JPG十字路まで...。十字路先の橋から戻って、手前右に尾崎家長屋門〔伝承では幕末 期(19世紀半ば)といわれ、1863(文久3)年に東側の口留番所が焼失後に長屋門を建造した可能性が高い〕が残っていました。

 

夕焼小焼の停留所まで戻る途中に、口留番所跡〔江戸時代に人の往来と物資の搬 160415 (17).JPG送を監視〕の説明石碑と関所跡の碑があり、関場という地名になっています。

  160415 (16).JPG

すぐ手前の郵便局は、上恩方郵便局で戦前に開局されたため、入口の看板が右書きでレトロな雰囲気。現在も開業中です。

 

 

神社と夕焼小焼の歌碑の矢印に沿って、左の細い道から山道を上ります。丘の上に、住吉琴平神社合社(宮尾神社)〔元暦年間(1184~1185)の創建といわれる。明治維新の際、琴平神社を合祀した〕へ。

神社に続く九十九折りの坂道は、明治の半ばまで佐野川往還(現在の陣場街道)として、甲州街道の裏街道の役目と、案下炭や柏の葉といった恩方の物産を運搬する主要道として使われていました。

160415 (20).JPG 160415 (21).JPG境内を進んで本殿向かって左に、中村雨紅作詞の童謡「夕焼小焼」の歌碑が建てられています。長いこと八王子に住んでいましたが、初めて歌碑を見ました。そういえば、JR八王子駅の出発メロディーは、「夕焼小焼」。

 

帰りの坂道で、女性ウォーカーに神社の道と、坂道からのフェンス越しにミツバツツジの無料観賞ス 160415 (22).JPGポットを教えてあげました。

 

その後、街道に出て元来た夕焼小焼橋を渡って、ロータリーになっている夕焼小焼のバス停へ。お馴染みの短パンウォーカーと一緒になりました。きっと、9時のバスで同じに着いて、陣馬高原下までの往復(約8km)を歩いて来た帰りで、小生とは大違いの健脚ぶり。

 

10時32分発のバスは、3分遅れ。

高尾駅からの帰りは、京王線でめじろ台駅へ。駅前のバーミアンでランチと喫茶。食後に、八王子の実家へ戻り、庭の草取りを3時間やって、本日は終了。

 


 

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このページは、hatochanが2016年4月16日 15:20に書いたブログ記事です。

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