師走の中之条駅ハイ・四万温泉宿ハイを歩く

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(1)中之条歴史散歩


コース:(スタート)ふるさと交流センターつむじ⇒近藤公園⇒ツインプラザ学習センター⇒伊勢宮⇒桃瀬の水牢⇒吾妻神社⇒小渕恵三像⇒林昌寺⇒歴史と民族の博物館ミュゼ⇒ふるさと交流センターつむじの足湯⇒つむじ(ゴール

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 12月9日(水)。吾妻線中之条駅10時05分着。「大河ドラマゆかりの史跡を巡る秋の中之条歴史散歩」の駅ハイを歩く。4人組のうちハトちゃんがウイルス性腸炎で不参加のため、兼子山根遠藤の3人。四万温泉泊で忘年会の予定も3人に。


 群馬の駅ハイ参加もこのところ多い。群馬の地名は昔「車(くるま)郡」と呼ばれたものが「群馬(くるま)郡」と変化した説が有力。


 中之条駅から15分。かねんての坂を登って博物館通りをふる 151209(1).JPGさと交流センターつむじ受付)に向いましたが、この辺りが街の中心部。センター内には足湯も。


 雲一つない快晴。約9キロのコースを2時間ほどで歩きました。車以外は騒音のない静かな道路を3人でのんびり談笑しながら、まだ紅葉の残った中之条路を歩く。コースを前後しながらポイントを辿る形になりました。


 まず近藤公園を右折して真っ直ぐ進むと中之条高校、その先がポイントの伊勢宮でしたがスルーして前進。実際は見落とした感じ。地図では消防署の先が国道145号との十字路でそれを左折でしたが、実際はT字路の間違いだと3人が一致。


 国道沿いの弁当屋の先の田んぼの道を200m程入ると、ポイントの桃瀬の水牢。国道からも見え 151209(2).JPGます。来年の大河ドラマ真田丸」の時代、年貢の払えないお百姓が水攻めにされた遺跡です。小さな池でしたが、今から考えるとひどい話。江戸時代は8割以上がお百姓でした。


 ここからは来た道を戻ることに。ポイントの国道沿いの吾妻神社に立ち寄ると、社務所は人影もなく、鳥居の大きなしめ縄だけが存在感を示していました。


 今回のメインは、やはり小渕恵三元首相の銅像林昌寺のお墓でした。ツインプラザ学習センターでチェックのスタンプを押す。その目の前の駐車場に小渕元首相の 151209(3).JPG手を上げて立つ銅像が立っています。近寄ってきた男性に記念写真のシャッターを頼むと、林昌寺にも行くよう強く勧められる。


年号は平成であります」は官房長官小渕恵三の名セリフ。遠藤副長が思い出して真似ていました。(田中角栄は小渕ら七奉行からおやじと呼ばれる)


 林昌寺はかつて真田氏ゆかりの寺で、寺の紋は六文銭。今や小渕家ゆかりの寺といったほうが正解だ。しかし墓には造花が飾られておりました。北品川の島倉千代子の墓はファンの献花が今も絶えないが。

 最後のポイントは歴史と民族の博物館ミュゼ。またもここはスルー。ミュゼは楫取素彦ゆかりの明治期の洋風学校だった所です。


 地図上の二つの誤り。国道の十字路がT字路、学習センター前のT字路が十字路を、受付に伝えようと思って忘れる。老人力はかくあるべし。
 この町は小渕家の城下町でした。親子三代政治一家。祖父の大きな顕彰碑も林昌寺に建つ。やはり娘は小渕城のお姫様。
 ゴールそばの手打ちそば屋で昼食。中之条駅発13時50分の四万温泉行バスに乗り込む。そば 151209(4).JPG屋のそばの博物館前でも乗れたのが判り、苦笑。終点の四万温泉バス停には予定時刻に到着。積善館はすぐそば。

 

 

 

 

(2)四万温泉湯煙散歩


コース:(スタート)鐘寿館⇒おきなや足湯⇒四万温泉協会⇒塩之湯飲泉所⇒滝見園地⇒木ノ根宿園地⇒日向見薬師堂⇒日向見薬師の足湯⇒御夢想の湯⇒ゆずりは足湯⇒ゆずりは飲泉所⇒河原の湯⇒上ノ湯⇒鐘寿館(ゴール

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12月10日(木)。四万温泉は四万川に沿って長く伸びた温泉街。四万 151209(5).JPGの病脳を治す霊泉から由来。積善館は元禄4年建造の最古の木造湯宿建築。重要文化財の本館は湯治客が馬を繋いだ柱もそのままで、江戸にタイムスリップできます。

 昨日はフジTVの生中継が17時20分からあった。目の前のお風呂場で、女子アナが中継している様子を部屋のテレビで観る。16時からの積善館ツアー 151209(6).JPG 151209(7).JPG 151209(8).JPGにも参加。主人から宿の歴史を聞きながら、何時間もかけ徒歩でやってきた昔の湯治客の思いに触れることになりました。

 

 

 この宿は食事に酒持ち込み自由。古い風呂場が残っていて昔の湯治体験ができる。それと岩風呂が時間帯で混浴に。山根副長は入ったようでしたが、は若者夫婦が入っていたので遠慮。


 この日(10日)は初めての宿ハイ。「紅葉の湯めぐり散歩 四万温泉」です。約5.5キロを、10時30分から1時間30分程歩く。山口バス停前の受付場所鐘寿館に行ってみると、休館日。ウロウロしていると奥から女将が出てきた。受付簿に記帳し缶バッジと地図を受け取って、さあ出発。


 曇り空、日向見薬師堂を目指し歩き出す。水晶山を右に四万川を左に車道を進む。後で確認するとコース通りではなく、小泉の滝もその一つ。四万川ダムの高い堤防が見えてきたので、左折して老人福祉センター、伊藤園、重要文化 151209(10).JPG 151209(9).JPG財の日向見薬師堂方向に。明治期には国宝だった薬師堂には歌人斎藤茂吉の歌碑もあり。この日向見地区は四万温泉発祥の地でした。ここからは来た道を戻るだけ。


 四万グランドホテルで昼食に。キティーのキャラクターで飾られたレストランで、少し若返った気分にも。
 温泉まんじゅうを土産に、四万温泉バス停12時55分発で中之条駅に向いましたが、お客は我等3人と男性一人の4人だけ。930円の運賃では関越交通バスに悪いような。
 今回は宿泊して二日連続で歩き、いつになく新鮮な体験になりました。これでポイント6をゲット! ハトちゃん、早く腰痛と腸炎治そうね。


 最後に一句(季なし):女子アナが浴衣で籠る  蒸し湯かな
               混浴も見て見ぬふりの 積善や


(余談)
 積善館は映画「千と千尋の神隠し」のモデルにもなった旅館で、宮崎駿も訪ねています。また吉永小百合の「天国の駅」のロケにも使われました。柱に耳を当てると、古の湯治客のつぶやきが聞こえるようでした。
 夜中にはふと忠臣蔵の吉良上野介が夢枕に出てきて、「忠臣蔵の話は嘘っぱちだ。余を助けてくれ!」とに迫って来たのです。これは水木しげるの死霊かとも思ったのですが。いつの世も暴力的な争いは、後に遺恨となって残るものです。

 野坂昭如、焼跡闇市派、火垂るの墓、85歳の死に合掌。

 

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今回は、小生が不参加のため、兼子隊長に書いていただきました。

  

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このページは、hatochanが2015年12月15日 15:15に書いたブログ記事です。

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