先週の12/17(火)、ハトちゃんは駅ハイで富岡製糸場を見学。最寄りのJR「幕張本郷」駅から上信電鉄の「上州富岡」駅までは、各駅停車に揺られて片道3時間半、往復7時間の長旅。駅ハイでは、最も遠いところへ行って来ました。
「富岡製糸場」というと、歴史の教科書で名前を見たり、聞いたことがあったのですが、場所はどこか、思い当たりません。今回、2014年、世界遺産候補になっているということと、12月にあまり期間設定コースが残っていないこともあり、意を決して、いざ出発。
高崎線の高崎までは、何回か足を運んでいましたが、『その先はこれまでは遠すぎる』 と自分の中で抑えていた感が...。
上野(8:35)から快速アーバンを利用して、高崎へ。少しでも途中駅と乗車時間を短くするために。駅では、 いったん改札口を出て、0番線を上野方面に少し戻ると、上信電鉄の改札口。無人駅がかなりあります(車両上の停車駅に赤い印)。2両編成のワンマン電車に乗ると、無人駅では先頭車両の横のドアだけが開閉し、運転手が切符を回収して、乗降の確認。
35分ほど乗ると、いきなり、広い駐車場が見えて、駅員のいる「上州富岡」駅へ(11:06)。駅ハイウォーカーや観光客が十数人降りました。
駅は、改修中で、仮の小さいプレハブ駅舎を抜けて、富岡の街へ。
右手に出て、前方の市役所手前を左折。国道256号線に出ます。左手前に、商工会館の建物。
横断歩道を渡って宮本町通りを直進し、徒歩5分ぐらいの右手に、「まちなか観光 物産館(お富ちゃん家)」―「お富ちゃん」は富岡市のイメージキャラクターで、館内はインフォメーションセンターになっていて、地元の物産やシルク製品、お土産品を販売―受付でマップと資料等をもらってスタート。
前方には、「仲町まちなか交流館」があり、城町通りの「製糸場」への矢印と、舗装道路に製糸場 までの距離が250mと表記されていて、徒歩5分の至近距離。
通りの突き当たりに、赤レンガの東繭倉庫の建物が見えて来ます。
検査人館が現在の入館受付になっていて、早速、手続きをして館内の案内チラシをもらいます。
30分間隔で、シルバー人材センターの観光ガイド さんが、ガイドツアーをやっていて、小生も団体客の後に付いて、一緒にまわりながら見学。出入口右手に、行啓記念碑などが建っています。
東繭倉庫1階が見学できるようになっていて、向かって右手にガイダンス展示と売店。富岡製糸場 の歴史―1872(明治5)年、明治政府により官営工場として近代国家への礎石として建設され、当時世界最大規模を誇っていた―や、フランス式繰糸器(復元機)の展示、写真やパネルで紹介。座繰り実演・体験も休日に行われています。この倉庫の2階に乾燥させた繭を貯蔵していたそうです。
館内は少し照明がほの暗い感じだったのが、かえって雰囲気がありました。外観は赤レンガが見事 な「木骨煉瓦造」で、木材の骨組みの間に煉瓦を積み上げています。通風の用途から窓が多くなっています。
その後、順路に沿って、「検査人館」(フランス人検査官の住居で、2階には、貴 賓室があります)が、現在は立入禁止中。
「女工館」(日本人工女に技術を教えるためのフランス人女性教師の住居)外観のみ。
「操糸場」(入口から、ビデオ上映のある地点まで見学できて、両脇に自動繰糸機(昭和40年代以降に設置された)がずらりと並んでいて、カバーはかけられて いるものの圧巻。
小屋組は「トラス構造」という建築工法で、内部は柱がない広いスペースと採光用の多くの窓、蒸気を抜く越屋根など。
操業時の「繰糸場」は、300釜の繰糸機が稼動したともいわれ、操業停止まで115年間もの間、休むことなく活躍し続けたそうです。
当時の繰糸場の様子や、女性の顔写真が。ガイドさんに聞くと、「横田(和田)英という人で、身分も高く、後に故郷で指導者となり、また富岡に戻り、『富岡日記』で当時の工女の日常を描いた」 とのこと。
恥ずかしい話ですが、小生は『女工哀史』のイメージとダブっていて、女工 の悲惨さをイメージしていたので、まるで違うことがわかり、工女の活躍が、絹産業ひいては日本の近代化に大きく貢献したということが理解できました。
続いて、「ブリュナ館」―床下に煉瓦造りの地下室が現在でも残っていて、高床式で回廊風のベラン ダが付いています。当初は、フランス人指導者の住居でしたが、後に、寄宿舎や工女の夜学校として利用されました。
「ブリュナ館」の奥に、寄宿舎が3棟観えました。また左 手の鉄網の下を眺めると、鏑(かぶら)川のゆったりした流れも。
最後に、「西繭倉庫」(外観のみ)は、「東繭倉庫」の構造・大きさと同じ。東西の倉庫の間に、高い 煙突のある「乾燥場、蒸気釜所」があり、その前が広い庭になっていました。
ひとまわりして、受付でスタンプを押印。受付嬢に「どこからですか?」と声をかけられ、「駅ハイで、富岡に来ています」と答えて、さらに「駅ハイの様子をブログに書き続けていて、今日は製糸場を見学できて、本当に良かったです」と。 「頑張ってください」と励ましの言葉をいただき、来年の再訪を約しました。
その後、「お富ちゃん家」まで戻って、ゴール受付を済ませました。コースは、駅を越えて城山公園も含まれていましたが、駅の反対側に出てさらに歩くのと、帰りの乗車時間がかかることを考えて来年に行こうと予定を変更。
本日は、街なかを見学することに。すると、製糸場近くに、何と、峠の釜飯で有名な「おぎのや」支 店や絹にちなんだ菓子の老舗、地酒の銘酒販売店などが並んでいて、飲食店、土産店があちこちにあります。街なかは狭いので、すぐ一回りできます。農具を売っている「富岡おせっ会」というユーモアあるお店も...。
通りには「世界遺産」の幟があちこちに掲げられ、観光物産館・交流館も宮本町や 銀座通りにもあって、観光に力を入れている様子がひしひしと伝わって来ます。
宮本町を駅方面に戻ると、国道との交差点、商工会館隣りに諏訪神社の赤鳥 居。境内に入って参拝。その後、公園小沢通りを進むと左手に小さな「ひかり公園」。その先に「世界遺産へ推薦決定」という大きな垂れ幕がかかっている富岡市役所。
右折して線路沿いを進むと、プレハブの駅舎。その先に新しい駅を建設中。ホー ムの骨格が見えます。
まだ、電車の到着まで時間があったので、駅前の「あい愛プラザ」の建物内を覗いて見ました。
1階に談話コーナーがあり、ここだけ飲食ができます。湯茶(無料)の自動サー ビス機があったので、早速、温かいお茶を飲んで、小休止。この建物には、社会福祉協議会事務局、ボランティアサポートセンター、障がい者団体コーナー、市民生活窓口、消費生活センター、児童館、障がい者集団活動訓練室などが設けられています。
本日の歩行距離は約4km。12時53分発の高崎行に乗り込んで、幕張本郷駅へは16時33分着。駅からの帰り道、近所でクリスマスのイ ルミネーションを飾った家を発見。
今回の駅ハイは、現在でも、ほぼ創業(操業)当初の頃のままの状態で保存されて、明治政府の官営工場でほぼ完全な形で残っている日本で最初の本格的製糸工場 "富岡"。今年の富士山に続く快挙を、来年期待したいと思います。晴天下で ~世界遺産登録をめざす街、富岡の街なかを散策~ できて、遠出をした甲斐がありました。
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